復元可能な灰壺

個人的な感想文ブログ

吉田悠軌『一行怪談』のお気に入り怪談7篇

吉田悠軌『一行怪談』という文庫本を久々に読み返して、相変わらずの面白さだったので今の自分のお気に入り7篇について感想を書いておきます。

一行で描かれた怪談話が大体190篇ほど収録されているんだけど、歌人:穂村弘の巻末解説を読みながら、これってどの話を気に入るかで個人の好みがはっきり出るなと思ったんですよ。

彼も14篇を挙げて解説してるんだけど、その中に私のお気に入りは1篇も入っていないし、逆に私のお気に入りにその14篇は1篇も入っていない。

同じ本を好きでも、好きな部分は丸っ切り違うことに改めて驚きを感じたりしますね。

 

飲みほした湯呑みの底に、帰ってはいけない故郷への切符がへばりついていた。

こ~~~いうのが私は大好き……。

湯呑みで何か飲んでる人と言われて思い浮かぶのは大体老人じゃないですか。

人生の晩年において故郷というのは懐かしいはずなのに、彼or彼女にとってその地は未だ禁忌に他ならない。

でもその長年の忌避を嘲笑うかのように、帰郷の誘いが届くんですよね。

今、自分が飲みほした湯呑の底という文字通りの手元に。


常軌を逸した状況が自分の手の中で展開していたことと、かつて逃げた故郷が未だに自分を解放する気はないということ。

どれだけ逃げても暗い過去が絡みついてくる感じが好きです。

 

 

子どものときに忍び込んだ廃屋の地下室で、無人のままカタカタと映写されていた16ミリフィルムの、あの映像を忘れられるなら、大事な人や幸福な思い出も含めた全ての記憶を失ってもいい、と彼は思っている。

「廃屋の地下室でカタカタと映写されていた16ミリフィルム」というシチュエーションだけでもう優勝でしょ!

映像って言葉で説明するには限界があるじゃないですか。

彼が幼少期に見たあの映像の恐ろしさは、他の誰にも伝わらないまま、ずっと彼の中にあるというところがたまらないです。

 

 

部屋の隅に落ちていたメモリーカードには、様々な場所でカメラに向かい微笑む私と、血塗れのコンクリート壁の画像が、交互に何百枚も保存されていた。

これも16ミリフィルムの話と手触りが似てる。

廃屋の地下室とコンクリート壁、16ミリフィルムとメモリーカードという類似点がそう思わせるのかも。

自分以外の誰かに手を加えられた自分の画像が、自分の近くに落ちているって怖くないですか?

それが自分に全く非がないものなのか、もしくは完全にあるものなのか。

どちらにも取れる感じが寝汗をかくような不快感をもたらしていて良い。

 

 

ずっと昔にご先祖さまが扉ごと塗り込めた開かずの間から叫び声が聞こえたんで壁を壊してみると中で裸の赤ん坊が泣き喚いていて、それがお前だったんだよ、と母に打ち明けられた。

得体が知れないのは自分の方だったという話も好きです。

そしてその出生の秘密を母から打ち明けられた事実に哀しさがある。

自分が産んだ訳でもない子供をずっと育てていたこと、自分のことを内心ではずっと気味悪がっていたのかもしれないこと、その事を黙って墓にまで持って行ってはくれなかったこと。

母親だと思っていた人間から「お前は異常」と線引きされるのはとても辛い事なのに、どちらがおかしいかと言ったら100%自分の方なのが何とも言えない気持ちにさせてくれます。

 

 

あの夏にあの納屋で死んだあの女のあの匂いが、行く先々で残り香となって漂う。

「”あの”ってどの!?」という感じなんだけど、でもこれは説明されないからこそいいんですよね。

「あの」と指さされた先に何も無かった時、そこにはその人の眼差しの中にしかない何かがある。

「残り香となって漂う」という表現もこれまた上手い!

知らず知らずのうちに、薄っすらとした呪いの後を辿っている自分がいるのにぞっとする。

 

 

戦死した曽祖父のノートいっぱいに記された6桁の数字は、毎夜かかってくる無言電話の番号と一致していた。

曽祖父から曾孫の代まで綿々と追ってくる何かってすごいね。

無言電話の番号が分かるということはナンバーがディスプレイに表示される平成世代以降でしょ?

時代に合わせて伝達手段を変えてくるの、適応力があるとも言えるのでは。

 

 

山間に車を走らせるうち通り過ぎた小さな町では、どの家の軒先にも長い長い竹竿が立て掛けられており、その先端には画用紙ほどの私の顔写真が吊るされ、青空にたなびいていた。

これは1行で情景が浮かぶ怪談で好き!

通り過ぎる事が出来た以上、語り手に直接の害は及んでないんだろうけど、いわゆる鯉のぼりみたいなものが全部自分の顔写真って不気味過ぎるよね。

画用紙ほどって案外ぎょっとするくらいデカいし、それが青空にたなびいているという牧歌的な風景の中に浮いているのが異常。

ただ何というか、空は晴れ渡った綺麗な青空なんだろうなと思わせてくるのが、また異界めいた光景を補強しているように思います。