復元可能な灰壺

個人的な感想文ブログ

映画/黒沢清監督×役所広司×萩原聖人『CURE』感想【改定版】

黒沢清監督のホラー映画『CURE』を3年ぶりくらいに見返したので、初見時の記事に加筆・修正した改訂版感想を書いておきます。
初見時には分からなかったカットの意味とか、ホラーの種類とか、見返すと忘れていた場面に新たな発見があって、とても面白かったです。
 
私が『CURE』をDVDで初めて観たのは2017年だったんですが、あれから4Kデジタル修復版のBlu-rayが発売されたり、予告編がオフィシャルな所からYouTubeに公開されていたり、アパレルコレクションでTシャツが出たりと、色々動きがあってびっくり。

1997年公開の映画に、23年経った今でもまだ動きがあるというところに、この映画の凄さがあると思います。
普段、日常的に映画を観ない私ですらこの映画の存在が忘れられず、3年経った今、見返して楽しんでいますし。
根強いファンが出来るタイプの映画ですよね、本当に。

2021年にアパレルコレクションまで出てきたのはびっくりだよ!
あのミイラ猿Tシャツを着て外に出ていく勇気はないし、そもそもあんな怖いアイテムを洗濯機に入れたくないし、物干し竿にかけたくないし、クローゼットに閉まっておきたくすらないんですが、欲しいか欲しくないかと聞かれれば欲しいです。
欲しいよぉ。

監督コメントでは「この不吉なTシャツを着て街を歩いたら、きっといいことが起こるだろう」と書かれてあるんですが、本当ですか?

それはともかく、以下の文章はネタバレ&首吊り死体等のショッキングな画像があるのでご注意。

 

 

 

 


この映画を好きになれるかどうかは、予告編を観ただけで分かると思います。
私は可愛らしいピアノのメロディーとバイオレンスな内容のギャップと、一枚絵の如く美しいカットの構図に惹かれました。

特にルーズショットで映る、小物の配置と構図、光、質感、全てに拘り尽くしたんだろうと思わせる美術セットには言葉を失います。

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もう本当に、光と影の使い方が好き過ぎる……。
ホラー映画でありつつも、この映画で真に怖いシーンは大体白々と明るい。
その白さがこの映画に透明感を与えてもいるし、また明るいからこそ、その恐怖には逃げる場所も行く先もないという、底知れなさを湛えているようにも思えます。

あと役所広司の演技がすごいよ、やっぱり!

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愛する妻との団欒で見せる柔らかな笑みと

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その妻が首吊り自殺をしている姿を見た時の見開かれた瞳、

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そして催眠の暗示を見つめる瞼の重み、瞳の虚ろさにはたまらないものがあります。
人が軽くなっていくというのは、こういうことなんだろうと、言葉で説明されずとも伝わってくるこの凄まじさよ。

『CURE』のホラーとしてのジャンルは、サイコホラーというより、伝染病ホラーに近いと私は思っています。
初見時には掴めなかったし、今後この解釈が変わっていく可能性もあるんですけど。

萩原聖人演じる間宮は、サイコというには空っぽ過ぎでしょう。
人間ではあるけどキャラクターではなく、彼はただ、思考奪取と思考吹聴、ひいては強制的に自我障害を起こさせる病原体保持者でしかなかったと思います。

彼が唯一「間宮」という人物であったのは、最後、高部に殺されるあの数秒だけ。

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あのたった数秒で間宮のことを好きになるのも嫌いになるのも、私には不可能です。
それまでの彼の言動は、ウイルスに感染した宿主として取ったものでしかない。
色々な人間に催眠をかけたのも、高部を次の宿主として選んだのも、全ては彼の意思でも何でもなく、というか、誰の意思でもなかった気がしています。

ウイルスとは、微生物研究所のサイトから引用させてもらうと、以下のような感じだそうで。

ウイルス

たとえ栄養と水があったとしても、細菌とは異なり、ウイルス単独では生存できません。ウイルスは、自分自身で増殖する能力が無く、生きた細胞の中でしか増殖できませんので、他の生物を宿主にして自己を複製することでのみ増殖します。

ウイルスが感染した細胞は、ウイルスが増殖して多量のウイルスが細胞外に出てくるため死滅します。そして、その増殖したウイルスがまた他の細胞に入り込んで増殖を続けます。そのため、宿主の細胞が次々と死滅してゆくことで生物は耐えることができずに死亡に至るわけです。すなわち、ウイルスにとって、他の個体へ感染させ続けることが生き残るための必須条件です。感染力はウイルスにより異なります。

引用:(細菌とウイルスとの違い? | 細菌とウイルス | お役立ち情報 | 株式会社 東邦微生物病研究所)

私はこれこそが『CURE』の本質、そして今作がホラーとして扱われる所以だと思います。
相手は人間ではなくウイルスであって、今作の登場人物は最初から最後まで、誰一人として悪くなかった。
ゆえに、対処の仕様がないこの無力さ、この不条理が、人間にとっては恐怖なんだなと感じました。

 

私が今作で一番好きで、そして悲しくなる場面は冒頭の高部夫妻の食事シーンです。

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空っぽの洗濯機を回し続ける妻にも、彼は共に晩酌を望み、今の事件が片付いたら「旅行に行こう」と誘う。
そこにあるのが真っ当な愛情だと知っているからこそ、再視聴時には涙が止まりませんでした。
高部にとって、これが壊される前の確かな幸福であるからです。

催眠にかかって妻の首吊り姿を見た時、初見時は「高部も心の奥底では、妻の死を望んでいたのかな」と解釈してしまったんですが、それは違うんじゃないかと思います。

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間宮に「頭のイカれた女房がいたんじゃ、刑事も形無しだな」と煽られ、「あんな女房の面倒を、一生面倒見ないといけないんだよ俺は!!」と叫んだ後ですら、「俺は女房を許す、だがお前達は許さない」と言い切ってるんですね。

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今作の中で、エンドロールを除いた劇中でBGMが流れるのはたった2回です。
そして、そのどちらもの場面のカットには、文枝と高部、両方が写ります。

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冒頭、医者とのカウンセリングで青髭の話をするところと、

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文枝を病院に預けに向かう(※以下の文章では、「=捨てる」として扱いますが、もちろんそれは今作内で高部が取った行動の意味に限った話です)場面で「文枝、沖縄に行くんじゃないんだよ」「ええ、きっと、海がキレイよね」と嚙み合わない会話をする場面。

その2つの場面でしか、BGMが流れないというのは偶然ではないでしょう。
高部にとって、妻である文枝は確かに重荷で、でも重荷であるだけではなかった。
むしろ文枝に対して負っている責務が、彼を彼たらしめている重さだったんじゃないかと思います。
だから、文枝を捨てたこの時点で、彼が「高部」として生きた人生は終わりなんですね。
重荷を捨てた彼は、どんどん軽くなって、楽になって、空っぽになっていく。
エンドロールの曲がこのバスの場面で流れるのも、ここが彼の終わりだからです。

あとカットが面白いなと思った場面は2つ。
間宮と高部のカウンセリング場面と、間宮が警察の面々の前で査問される場面。

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最初は間宮が奥の部屋にいて、高部が手前の部屋にいるのに、会話をするにつれて2人の位置がそのまま入れ替わってる。
これは、催眠ウイルスの宿主が間宮から高部に交代するという示唆以外には考えにくいでしょう。
高部の同僚兼精神科医である佐久間がこの部屋に来た時、その奥の部屋には猿の死体と浴槽があった。

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間宮と高部のシーンの時、浴槽の位置にあったのは単なる椅子です。
その椅子に間宮は座っていて、席を立ち、入れ替わるように高部が小部屋へと入っていく。
やっぱり世代交代の場面になるんだと思います。

話は逸れますが、初見時、佐久間に催眠をかけたのは間宮だと思っていました。
佐久間は自分が催眠の支配下にあり、殺人を犯す事を予感して、自ら死んだのだと。
その高潔さと責任感に感動していたところがあるんですが、今は間宮ではなく、割と普通に高部に殺されたのだと考えています。
佐久間が見た高部の姿は間宮が見せた幻覚ではなくて、割と普通に高部の実体だったのでは……?
佐久間が死んでいた部屋で、梁に繋がれた手錠を、虚ろな瞳で見つめる高部。

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初見時は普通に、この手錠は佐久間のものだと思っていたのですが、いくら警察関係者とは言え、刑事でも何でもない精神科医が手錠なんて所持しているものなんですか?


2つ目は、警察署での査問シーン。

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この結婚会見のようにも見える構図、もう本当に趣味が悪い……。
あれ、あんたの上司?」「ああ」「つまらない男だ」と、間宮がまるで仲間のような親しみを持った会話をするのも、「はじめから分かってたでしょ?俺は分かってた。あんた、あの連中とは違う」と口説き文句のようなセリフを言うのも。
高部を家族(文枝)や社会(職務)から分断する、囲い込みでしかない。
なのに視聴者は、この2人の間にあるものが”特別”だと勘違いする。
それを結婚会見のような構図と被せて見せるのが、何というか、非常に悪趣味だと思います。

 

以上です。
やっぱり3年ぐらい寝かせてから同じ映画を観ると、発見があって面白いですね。
家にBlu-ray再生機がないので、Blu-ray版の購入を躊躇っていたんですが、やっぱり買うべきかもしれない。
あとTシャツも。
映画として好きなのはもちろん『CURE』なんですが、ファッションアイテムとして欲しいのは『回路』の「赤いスカートの女」と「開かずの扉」だったり。