ムービーナーズというWEBメディアに、カラスヤサトシ(敬称略)という漫画家が連載している超短編ホラーマンガ集『ぢごくもよう』というのがありまして。
私はたまたまXに流れてきたので知ったんですが、一話を読み終わった瞬間に全てのWEB掲載話を読み、かつ著者が出したホラー漫画オムニバス集も3冊買って読み込むほどハマりました。
という訳で以下、特に好きな3話分についての各話ネタバレ感想。
ページ数が8ページ程度と短く、かつ最後のページの切れ味の良さがめちゃくちゃ好きなんです。
第7話『遊園』
遊園地に家族で来ていた女が、人混みの中に死人の姿を見る話。
私は確かにこの人の姉だった
ふとそんな気がしてきて
あの人のことも 夫と子どものことも 今は
遠い誰かの記憶のようだ
何度読み返してもラストでだーだー泣いてしまうね……。
ホラーの怖さの根本って、死なり発狂なりで「その人がその人では無くなる」ことじゃないですか。
自己の消失というか自我の崩壊というか。
でもこの話はその先、自分という人の体から記憶が流れ落ち、空になった器だからこそ触れられるものに触れている、与えられる赦しを描いていて、そこにひどく心が動かされました。
主人公は話の前半では生者として死者の影を追っているけれど、老婆が抱きついてきた瞬間にその立場が反転する。
生者から死者へ、求める者から求められる者へ瞬間的に変わった自身を受け入れ、老婆を抱き止めた彼女の姿に涙が出る。
彼女が流した涙と、読者である私が流した涙もきっと一緒で、何に泣いているんだと考えた時、それはやはり情なんだと思います。
人が人という同じ種族と分かち合う情に泣いている。
私も日常生活の中では誰かを僻んで恨んでばかりだけど、自分が自分では無くなり損得も何も無くなった時、求められた役割を人は人の為にこなしたいんだと思う。
それは魂のきっと優しさというよりは切なさ、寂しさで。
家族や元恋人の存在を「遠い誰かの記憶」として手放した彼女が、今、胸で受け止めている小さく老いた魂の震えを想います。
第28話『太陽の目』
老人に嘯かれて、太陽の目を見た男の話。
おお…素晴らしい
信じてくれたのだな 太陽の目を羨ましい
こんなにも信じているのに私にはまだ 太陽の目が見えない
こういう話大好き!
「この世から消えたい」と思っている人間が、誰に迷惑をかけることもなく燃えカスになれるのは呪いというよりも施しだよね。
まあこれは老人が言っているだけで、青年の方が本当にそう思っていたのかは謎だけど、でも彼の浮浪者じみた格好からは真っ当な生活なんてあんまり想像出来ないよなあ。
「信じるものは救われる」と言うけれど、太陽は熱狂的な信者である老人には応えず、行きずりの青年の目には応えた。
貢献の度合いなんて歯牙にも掛けないところが、太陽という人智を超えた存在の選択っぽい。
「おお…素晴らしい 信じてくれたのだな 太陽の目を」で見せた老人の笑顔が好きなんですよね。
仲間を見つけられた嬉しさと、自分の信じているものが確かにあることが証明された興奮とで高揚してる。
その屈託のない、奇妙な温もりが好きです。
あと「太陽の目が少しずつ開くとそれにつられて大地も海もどんどん暑くなっていく このところの暑さの理由もそれさ」っていうのには同意したいところがある。
今年、というかこの先ずっと日本の夏はこれだけの酷暑が続くだろうから。
気温40℃に達する無慈悲で無差別な熱射、人を焦がすことが出来るようになるのは当然なのかも。
第16話『月二つ』
不貞を働いた夫と女を殺すため、夜道を歩く女の話。
ああ…そやな
月が二つの夜やもの
人かて…戻る道なぞなかったんじゃ
どっちへ行こうと こうなるしかなかったのじゃわ
道中でほとんど呆けた顔をしている女が、「そや これが戻りの道であったなら 殺すのはやめて寝ておろう」と言った次のコマでは二人を惨殺してるんだもん、覚悟決まりすぎでは!?
でもその淡々とした雰囲気が、彼女に修羅の強さを与えている印象も受ける。
結局のところ、全ては初めから決まっていたという展開の話が私は好きなんですよね。
二つにみえた可能性も結局は一つで、どうせ一つになるはずの道を辿らされた徒労、それゆえの納得が最後の女の表情にあるのが味わい深い。
彼女はこの先、夫殺しの件で「ああすれば良かった、こうすれば良かった」と思い煩う可能性が無くなり、そこに清々しさを感じます。
あの月夜が照らした運命の強制力を見つめながら、大人しく服役するんだろうな。