個人的お気に入り度 4.9 / 5
宇多田ヒカルの6枚目となるオリジナルアルバム「
Fantôme」を聞いた。
彼女の新作をCD一枚として手に取るのは「
HEART STATION」以来8年ぶりで、ハードルは半端ないほど高かったが、何というか、普通に良かった。
全11曲、計49分45秒。
50分のなかに、これまでの楽曲と似ている部分、似ていない部分、そして全く新しい音が散在していて、そのどれもを好きになれる。
これまで
宇多田ヒカルのファンだったんだから、これからも彼女のファンであり続けるんだろうと、聞き終えた時、ごく当たり前のように思うアルバムだった。
今作の特徴は何だろう、と考えた時に真っ先に出たのがアレンジの緩急が大人びているという事だ。
スーパーミ
ラクルヒット曲ばかりが収録されている「
Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1」時のアレンジも素晴らしかったが、今作はそれよりもう一歩上の次元に到達していると思う。
「俺の彼女」や「真夏の通り雨」など、間奏からラストサビにかけて、しとやかに、それでいて炙られていくような盛り上がりを見せる曲が多かった。
イントロは極力シンプルに、アウトロの引き際だって潔く、なので曲中の起承転結が見て取れて、通して聞く時も飽きが来ない。
……「桜流し」に関しては、起承転結というより序破急か。
ちなみに、歌詞カードの紙質とフォントも「
Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1」のと似ていた気がする。
私がファンとなったきっかけは、シングルコレクションからだったので、あの当時を思い出して少し泣いてしまったり。
毎晩、部屋の電気を消してから布団脇に置かれたデカくて黒い、時代遅れのCDプレイヤーのスイッチを入れていたっけ。
1.
道
どんなことをして誰といても この身はあなたと共にある
「黒い波の向こうに朝の気配がする」の出だし通り、清々しく希望を感じさせる一曲。
8年ぶりであるオリジナルアルバムのファーストトラックとしては、申し分無いほどの名曲。
あぁ、
宇多田ヒカルらしいなと思わせてくれる歌声にリズムに歌詞にアレンジに、と挙げて言えばキリがない。
例えば、Bメロ「わ たしの こころ の」と単語を区切る歌い方。
「な なかいめの ベ ルで」(Automatic)にからあった、
R&Bの上に1つずつ平仮名の音を置いていく歌唱法に、サビのラストを「
そんな気分」で締めてくれる軽さ。
どこを取っても、彼女らしくて、それだけでもう素晴らしい。
アルバムタイトル「Fantôme」はフランス語で幻、気配という意味であり、歌詞の「あなた」はどことなく母親を想起させる。
「私の心の中にあなたがいる いつ如何なる時も 一人で歩いたつもりの道でも 始まりはあなただった」
「only you」と歌うコーラスに、そんな母の気配が漂っているようにも感じるので、やはりファーストトラックとして完璧。
2.
俺の彼女
いつしか飽きるだろう つまらない俺に
男と女で声を使い分ける、2人1役という歌い方は今作ならではの新しい試みでは。
今曲では何よりもアレンジが好きだ。
低いベースの上に、様々な音がどんどん積み重なってメインがくるくると入れ替わり、ラスト付近で大団円を迎えつつも終わりは速やかに唐突に。
正直、一番盛り上がるラストサビには結構な恐怖を感じる。
上手くいっているように見える
カップルの奥深くでは、あんなにもヒステリックな音が鳴り響いている。
他人の渦巻く激情へ、手の施しようがないまま巻き込まれていく、そんな感覚を覚えた。
フランス語についてはからっきしなので、単語だけ翻訳サービスにぶち込んでみたところ以下の結果に。
【Je veux inviter quelqu'un à entrer】
Je veux:私は必要とする inviter:招待 quelqu'un:誰か à entrer:入る
【Je veux inviter quelqu'un à toucher】
toucher:触る
【l'éternité】永遠に
「カラダよりずっと奥に招きたい」「カラダよりもっと奥に触りたい」の仏訳と捉えていいのだろうか。
ただ何というか、フレーズの意味は日本語に訳さず、そのまま聞き流したほうがいい気が個人的にはした。
英語はともかく、フランス語をぱっと理解できる日本人なんてそう多くはないはず。
曲中の登場人物である「俺」と「あなた」
2人の間でだけ通じる、リスナーには分からない秘密めいた言葉があってもいい……いや、私が彼ら2人の間に距離を置きたいだけかも。
前曲の母と娘、という心だけで通じ合える関係性ではない男と女。
だからこそ、ここまで歯がゆく激しくお互いを疑っては求め合って、という熱量が空恐ろしいんだと思う。
3.
花束を君に
抱きしめてよ、たった一度 さよならの前に
鼓動のように深いドラムが印象的なミディアム・バラード。
ほぼ毎日のように朝ドラで聞いているので、今更取り立てて言いたいことが思い浮かばないが、
宇多田ヒカルが朝ドラ主題歌を担当するとニュースが入ってきた時は嬉しかったな。
4.
二時間だけのバカンス featuring 椎名林檎
朝昼晩とがんばる 私たちのエスケープ
前曲から引き続きドラムが強くリズムを刻むが、コーラスのメロディーがセレナーデの雰囲気を滲ませて、浮
かぶ景色は正反対。
1番のサビは宇多田、2番は
椎名林檎メインのボーカルが、ラストサビでは左右から同時に同じメロディーを追うところがいい。
ちょうど2人の間に立っているように聞こえ、リスナーも含めての「私たち」となる。
私たちは共犯者だ、と感じさせるスパイスの味が刺激的で、嬉しい。
「足りないくらいでいいんです」の通り、アウトロもあと1小節ぐらい物足りなさを残して消えるところも良いな。
まず「
不思議とこの場所へ来ると あなたに会えそうな気がするの」というフレーズで想起したのが、「Letters」
暖かい砂の上を歩き出すよ 悲しい知らせの届かない海辺へ
今曲のハープの旋律と、「Letters」イントロの針音がリンクしているようにも聞こえてくるから、不思議だ。
6.
友達 featuring 小袋成彬
Oh 友達にはなれないな にはなれないな Oh
アコギメインのボサノバ。
聞いていて心地いい意外には特にない、というかボサノバというジャンルは心地良いが全てでは。
7.
真夏の通り雨
夢の途中で目を覚まし 瞼閉じても戻れない さっきまで鮮明だった世界 もう幻
「
花束を君に」と同時配信された時から、何度も繰り返し聞き過ぎたせいで、こちらも今更何をどう好きと言えばいいのか分からない。
センシティブな感性そのものみたいな一曲。
今曲を構成する全てが好きだが、一つ選べというなら歌詞だろうか。
「教えて 正しいサヨナラの仕方を」「立ち尽くす 見送り人の影」というフレーズ単位で見ても、物語そのもので見ても。
特に、「
さっきまであなたがいた未来 たずねて明日へ」が含む
パラドックスが切ない。
明日に「あなた」はいないのに、「あなた」に会えるのは夢の中だけで。
夢と現実、昨日と明日、「私」が永遠に立つことの出来ない中間地点に、雨は降る。
8.
荒野の狼
誰にも消せない痛みを 今宵は私に預けなさい
Aメロの時点で「Kiss&Cry」のようなロックかと思ったら、Bメロからサビにかけてのエモーショナルさにぶったまげた。
「偽物の安心に」の「に」と歌う一瞬だけで「やばいやばいやばい、この音はやばい」と良作の予感に焦ったぐらいだ。
先に配信されていた3曲と、タイアップのCMで先に耳にしていた「道」を除けば、「Fantôme」で一番の収穫といっても過言ではない曲。
Bメロからの雰囲気は「Another Chance」が一番近いか?もしくは「In My Room」
今作で、こんな若さがひりついたようなメロディーと歌声を聞けると思っていなかった。
嬉しすぎるサプライズだ。1stアルバムの中ではすごい好きなんだよ、あの2曲。
「誰だって同じ 帰る場所が欲しい だけど 無いものは無い」「満たされぬ心だけ与えられたのは何故?」というフレーズも、どことなく1stアルバムの匂いがする。
調べてみると、どうやらヘルマン・ヘッセの同名小説がモチーフのようで。
ポーの大鴉を題材とした、utada名義の「Kremlin Dusk」なんかを思いだしたり。
9.
忘却 featuring KOHH
強いお酒にこわい夢 目を閉じたまま踊らせて
ど、どんな気分で聞けばいいのか全く分からん……。
宇多田ヒカルパートのメロディーは、どことなくInterlude感あるけど。
10.
人生最高の日
シェイクスピアだって驚きの展開 That's life
11.
桜流し
開いたばかりの花が散るのを 見ていた木立の遣る瀬無きかな
TSUTAYA RECORDマガジンのインタビューで「『
桜流し』は最後にしか置きようがなかった曲」と語られていたが、その通りだと思う。
むしろどこに置かれても浮いて聞こえるだろうし、個人的には超豪華なボーナストラックという位置付けだ。
(「
ULTRA BLUE」における「Passion」みたいな)
それぐらい、曲単体で別次元の世界へと引きずり込む力が強すぎる。
「桜流し」が、たった4分40秒間の出来事だと何度聞いても信じられない。7分ぐらいあるでしょ!!といつも思ってしまう。
4年前の2012年、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」のエンディングで流れた時の衝撃から、今も全く色褪せないままだ。
映画を見終わった感想が「え……み、ミサトさん……?いや、どういうことだよ…あ、カヲル君だ。カヲル君……カヲル君…カヲル君!!!あ…アスカ………宇多田ヒカル!!!!」ってなったあの興奮。
もう一時期は「
桜流し」の事しか考えていない期間があったくらい
インパクトが強すぎた。
2回目の「Everybody finds love」から「もう二度と会えないなんて信じられない まだ何も伝えてない」にかけて加速し、サビで崩壊しながらも咲き誇るあの迫力は、きっと今曲にしかない。
4年かけてもまだ言葉に出来ない奥深さを持った、今作に相応しすぎるラストトラック。
以上。
今後聴きこむにつれ、また新たな発見があれば加筆していくつもり。
現時点では、こんな感じということで。