復元可能な灰壺

個人的な感想文ブログ

香川照之の怪演に不吉なBGMが呼応するサイコ・サスペンス『災』映画&ドラマ感想

2026年2月19日公開、香川照之主演のサイコ・サスペンス映画『災』を観てきました。

災 劇場版 : 作品情報・キャスト・あらすじ - 映画.com

今作はWOWOWオリジナルドラマとして全6話分放映されていた『災』の劇場映画版。

ストーリーとしては日本各地に名前・職業を変えた”ある男”、香川照之の形を取った災いのようなものがあらわれ、現地の人を殺害してまた次の場所に行く、というサイコ・サスペンス連続ドラマもの。

私はYouTubeのおすすめで流れてきた映画の予告PVを観て興味を持ち、WOWOWオンデマンド(月額2,530円)でドラマ版を全話観てから劇場へ向かいました。

body

body

  • 豊田真之
  • サウンドトラック
  • ¥153
  • provided courtesy of iTunes

この不協和音女性コーラスBGMが素晴らしすぎて!

今作の奇妙で不気味で、かつ上品で美しい音楽を手掛けているのは豊田真之氏。

私はドラマの頃から「サントラ欲しいな~!」と思っていたので、映画公開と同時にサントラ配信されて嬉しい限り。

『災』において一番怖いのは死体が映った瞬間に流れる女性コーラスBGMの『body』であり、あそこが明確に恐怖の頂点。

逆にこのBGMに惹かれる、もしくは耐えられるタイプの人なら怖がりでも十分楽しめる映画でした。あれが大音響で鳴り響く映画館の透明な禍々しさは凄まじかったですよ。

 

香川照之演じる主役:”ある男”のテーマソングとも言える『SAI』も素晴らしい出来。

SAI

SAI

  • 豊田真之
  • サウンドトラック
  • ¥153
  • provided courtesy of iTunes

連続するピアノの和音が次第に歪みだし、うねりとなって人を巻き込み飲み込んでいく。

ドラマだと各話のラストに締めとして流れる怖いメロディーであり、これが流れてくるとめっっちゃテンション上がる!

凄惨でありながらも端正で美しく、素晴らしいものを見たという気持ちに毎回させてくれました。

 

という訳で以下、映画&ドラマ含めたネタバレ感想。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネタバレ感想

まずは映画版を踏まえた上でのドラマ版全6話の各話感想から。

映画監督の黒沢清が本作の映画に

じっとこちらを見つめる香川照之の瞳に戦慄した。

あれはもう人間のものではない。

真っ黒なその先に多分、地獄があるのだろう。

とコメントを寄せていましたが、ドラマ版からしてそう。

『災』とは、香川照之が扮する”ある男”の真っ黒い目と彼が取る無言の間を楽しむためにあると言っても過言じゃないです。

 

1話

【ある男】数学の塾講師:渡部

【死亡者】進路と家庭環境に悩む女子高生:北川祐里(中島セナ)

1話の内容はほぼ全て映画にも使われていました。

祐里ちゃんの置かれている状況は確かに重く苦しいものではあるけれど、投身自殺をする程でないことは視聴者側は分かっており、でもそれが警察とか他の第三者には分からんもんなんですよね。

・両親が離婚済で、どちらも塾の冬期講習の金を出し渋る

・自分にキスをしようとした彼氏が年下の女といちゃついているのを目撃する

・母親が夕食の食材を万引きしている

っていうのは……まあそりゃ嫌じゃん。

でも映画のパンフレットで香川照之がインタビューで語っていた

例えば痩せなきゃ、ダイエットしなきゃという人は、自分は痩せていないという思考を選んで思考している。

じゃあどうやったら痩せられるのか、1番の方法論は痩せるも痩せないも一切思わないっていうことですけど、もう1歩進めて考えて行くと、痩せていないことに対しての、実は感謝の念が存在してもいいし、自分は食事に事足りているという考え方もあるはずなのに、そのことを忘れて、不十分だと思うから否定的な思考に走ってしまう。

という言葉を当てはめてみれば、両親はお金の面さえ除けば自分に優しく、かつ愛してくれている。現状は塾の冬期講習料が支払えないというだけであり、志望校すらまだ決めていない。

将来に絶望するには足りない隙でも、男がそこに目を付けて入り込んできた以上は死ぬしかなかったんだなあ。

 

 

2話

【ある男】運送会社のドライバー:多田

【死亡者】元アルコール依存症の従業員:倉本(松田龍平)

2話もほぼ全て映画に使われており、使われていないのは倉本が断酒目的のサイクリング中に、呑んだくれのじいさんに声をかけられてベンチで座って話すシーンだけかな。

じいさんが最後に「自転車、頑張りぃ!」と言って見送ってくれるシーンはかなり好きなんですけど、省いていいといえばそう。

 

断酒中の努力として自転車を漕いだり氷水に顔を付けたり、ペットボトルの水を口に含む倉本の姿を見ていると、健気で愛おしく、自分も何か力になってあげたいという気持ちになります。自分を律しようと頑張っている姿を応援したくなる。

だからこそ終盤、ここまでの好印象を全てひっくり返す義母(別居中の妻の母)の聴取シーンが効いてくるんだなあ。

ここ、絶対に使うと思った!

義母役:神野三鈴の表情、声の演技が素晴らしすぎるもんね。

彼の更生しようとする意志を汲んで優しい義母を演じてくれてはいたんだけど、でも娘がいなくなった以上、外面を取り繕う必要なんてもう無いから。

 

映画では倉本が職場を無断欠勤し泣きながらベンチで酒を煽っているシーンまでで終わり、死亡シーン自体はなかったので生き延びた扱いなのかな?

ドラマだと泥酔状態のまま住宅地の道路に飛び出し、轢かれて終わる。

ここの交通事故描写が作中では一番ショッキングなホラーしてたかも。

2話の”ある男”である多田もね〜〜〜、あの妙に嫌な人懐っこさ、不快感は流石のものというか。倉本を殺すために嫁を殺す、一番容赦のない存在でした。

 

2話が出た時点で「ああ、こういうフォーマットでいくんだ」と分かったところもある。

彼の取る無言の間は殺しの合図で、彼が殺した死体が映ると『body』、ある男が去っていくシーンで『SAI』が流れて、タイトルが表示されて話が終わる。

↑ここ、生前は倉本が座っていた席に多田が座っているのがおぞましい。

水戸黄門、暴れん坊将軍、時代劇とも言える「お決まりの流れ」が6回、最終話まで繰り返されるところが私はドラマ版の一番気に入っているところなんです。

 

 

3話

【ある男】吃音で左足を引きずる理容師:志村

【死亡者】ショッピングモールの清掃員:伊織(内田慈)

ドラマ視聴時に「小汚い大人の薄汚いラブストーリーやなあ……」と感じていたところは大幅カット。

店の売上を横領して消える気のいい先輩の存在もほぼカットで、故に横断歩道でどもる間のシーンも無くなっている。(間って魔とも言えるよね、魔が差したの魔)

ちょっとでも飲まないとまともに話せないので」とどもる顎の震えが迫真で、あの頬の肉の震えは練習すれば意図的に出来るものなのでしょうか?

毎朝出勤前に酒を飲んでいる、酒を飲まないと日常生活を送れないというアルコール依存症めいた発言は第2話、倉本の要素を引き継いでいるんだろうな。

 

この3話で香川照之が去っていくシーンがドラマ内では一番怖かったかも!

不意に片足を引きずるのをやめて、ごみ袋も右手から左手に持ち替えてる。

ああ、これまでの全部が演技だったんだなあと一瞬で知らしめて去っていく姿に痺れました。

 

 

4話

【ある男】酒屋兼麻薬密売人:橋岡

【死亡者】旅館支配人:岸(シソンヌ・じろう)

映画では弟の存在ごとカットで笑っちゃったよ、やっぱりあの弟のヤクザ絡み金儲け話いらなかったやんけ!

……とは言うものの映画とドラマってほぼ同時並行というか、もしかしたら映画の構想の方が先にあって、それをドラマ用に尺を足したものがドラマ版なのかなという気もする。カットする前提で付け足された要素というか。

弟の不在によって弟とある男が話す苔のシーンも存在しないことになっちゃった。

苔はいいですよ。多様性、美しさ、不思議さ……生き物としての強さ

苔収集は3話で死んだ伊織の趣味であるため、ここでもまた殺した相手の片鱗を引き継いでいることが分かる。

男は旅館に酒を下ろす酒屋兼大麻の密売人でしたが、反社会的勢力の手先という雰囲気はなかったし、渡していたのは自家製大麻だったのかもしれません。苔を育てるのと同じように大麻を育てていたのかも。

 

4話の去り方は3話の次に好き。

自分のバイクから酒のコンテナが落ちてもそのまま構わず走り去っていく。

嘘は嘘だとバラしてから次に行く後ろ姿に、長引いた仕事が終わった後の解放感と爽快感を感じます。

 

 

5話

【ある男】警察署内の清掃員:大門

【死亡者】神奈川県警警部:飯田(竹原ピストル)

映画では主軸だったある男VS警察の話は、ドラマではこの5話+最終話の後半しかないんですよね。

なのでドラマを見てる視聴者は男がこんな最後の方に出てきた警察なんかに捕まる訳がないってことが分かるんですが、映画の方を先に見るとまた印象が違うのかも。

「2時間かけて結局捕まえられへんのかい!」って気持ちになる観客もいる……のかな?

 

今回の被害者、飯田警部はこれまでの突き落としでなく絞殺、明確に他殺として殺してきたので、あの男にも焦りというものがあったんだなあという気持ちになります。

今回の話はほぼ全部映画のメインとして使われており、カットされているのは飯田警部が離婚した為に離れて暮らす息子とキャッチボールをしていた場面だけかな。

ってか思い返すとこの作品に出てくる夫婦、もれなく不倫・離婚・別居のどれかをしていて、穏やかに寄り添い合って暮らしている夫婦が一組も出てこない。

不倫・離婚・別居要素が出てこないのは夫婦が出てこない3話だけで、この徹底ぶりはもしかしたらパンフレットで香川照之が語っていた、被害者が被害者として選ばれた理由に由来するのかも。

『災』の被害者となる6人には、どこかでマイナスの思考があります。

それが”ある男”を引き寄せてしまい、大きな意味では因果応報ともいえる。

ただ、本人にはこれが因果応報とはわからないようなシステムでできている物語の構造だから、本作は面白いのではないでしょうか。

愛する人、守るべき家庭を失った人の隙に男は付け込んでくるというか。

ドラマの最後、飯田警部の息子が1人でボールを壁に向かって投げつけているシーンが可哀想すぎて涙が出ますよ。

 

 

6話

【ある男】スポーツセンター利用者:歴島

【死亡者】スポーツセンターのインストラクター

映画を観ていて一番驚いたのが、ある男と美佐江が喫茶店で話す場面がカットされたところ。

つまり本当の意味での偶然というものは存在しない。

目に見えない力が積み重なって可視化されるに至ったとき、人々は初めてそれを偶然とか……「災難」という形で認識するんじゃないでしょうか。

ここカット!??

不倫願望っぽい夢のシーンはあって喫茶店シーンカットにはビビりました。

まあ逆にこのセリフが本作の核で男の正体であるから、それを観客自身に悟らせたくて無くしたのかも。

1話と6話で地震が発生するのも、地震という自然現象が「目に見えない力が積み重なって可視化される」災難だからだよね。

 

この6話のセリフは香川照之自身の信条とも一致しているようで、パンフレットでも同様のことを言っていたり。

我々にはいろんなことが起こるわけで、例えば、この取材を終え、お疲れ様でしたと階段から降りた瞬間に交通事故に遭いましたというようなことも起こりえる。

それは災難だったねとか、あの時気をつけていればとか、もう1杯お茶を飲んでいれば避けられたのにと人は色々と悔いるわけですが、僕は、人はもっと大きなもので動かされていて、そういうものの前では無力だと思います。

僕自身、この作品に出会う以前からも後でも、災難というものは偶然に訪れるもののようであっても、実は全てそれが引き起こされるべき必然であったと考えます。

災難というものは偶然に訪れるもののようであっても、実は全てそれが引き起こされるべき必然であったと考えます」と今、口にする事自体が凄いというかなんというか、覚悟が決まっているなと思います。

香川照之の演技が怖いけれど怖くない、怖がりの私でも見える怖さなのは、彼が2022年夏の週刊誌報道後から見た世界のほうがよほど、よほど悪夢だっただろうと私は思うからで…………。

 

パンフレットと言えば、香川照之へのインタビューページの上部に演じた”ある男”のバストアップ正面顔が全員分、ずらっと並んでいたところには思わず鳥肌が立ちました。

ドラマではこんな真正面真顔カットは無かったので、撮影時にわざわざ別で撮っていたはず。

仏間の長押にかけられている先祖代々の遺影みたいで激こわ。