復元可能な灰壺

個人的な感想文ブログ

鯔を愛する男『年の瀬』というホラー・ショートショートが心底怖かったという話

 web上にある創作怪談短編話を探して読むのが好きなんですが、そこで出会った著:鯔を愛する男『年の瀬』という小説が、衝撃を受けるほど怖かったのでその話をします。

もう本当にめちゃめちゃ怖い。

分量は1400文字程度のショートショートで、読了時間の目安は約3分。
音や画像で脅かすような仕掛けは一切なく、載っているのは写真と文章だけというごくシンプルなnoteの記事。
舞台は現代日本で、死体も血飛沫も何にもない、ありふれた日常の風景をここまで怖く描けるのか!と本気でびっくりしました。


以下はネタバレ感想
自分で書いておいて何ですが、この話は先入観なしに読んだ方が絶対に面白いので、まだ『年の瀬』を読んでいない人は、読んでからスクロールしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネタバレ感想

ふと横を見ると木の裏に隠れるように、ニコンのストロボと金属バットを手にして茂みの中で息を潜めているじいさんと目が合った。

こっっっっわ!!!
とにかく話の構成がめちゃめちゃに上手くてびびりました。

タヌキを見かけたという現実的な話から、タヌキが酢豚の材料を喋るという少し不思議で可愛らしい話になって、ふっとタヌキ刈りの話で不穏な影が忍び寄ってきて、加害する気満々のおばさんの登場にぎょっとなり、ガチの狂人の登場で幕が閉じる。


あの”じいさん”は、「待ち構えておいて襲い掛かれば、酢豚の材料を強奪できるかもしれない」という主人公の魔が差した好奇心を突き詰めた存在なんですよね。
つまり、主人公とあのじいさんは同一人物なんですよ。

確実に言い切っている訳ではないし、何の説明もないけれど、でもあの狂人は主人公が腐爛した未来の姿だと思わせてくる。
そこが、怖い。


主人公の心情も分かるんですよ。
誰だってふと可愛らしいものを殴りつけて、それがどうなるのか楽しみたいと思う事はある。
でもその仄暗い想像は、実際に危害を加えようとしているおばさんを目の当たりにして、急激に冷めるんですよね。
さっきまでの自分の想像を棚上げして、「タヌキの家族を守るべきかもしれない」とまで考える。

で、ここの「守る」という発想がまたいい!
網と木の棒を手にしただけの「タヌキ狩りについて詳しくはなさそうに思えた」おばさんからなら、タヌキ達を守れる。
最初にしょぼい敵としておばさんを登場させてからの、「ニコンのストロボと金属バットを手に茂みの中で息を潜めているじいさん」の登場ですよ。

このエンカウントが怖すぎる。
こんなじいさんの邪魔したら、頭を叩き割られて殺されると思うよ。無言で。



元々この鯔を愛する男(敬称略)を知ったのは、Twitterのフォロワーのフォロワーのいいね欄を漁っている時でした。
(私はそういう風に、第三者間を挟んで見つけたアカウントのいいね欄を見るのが大好き)

『年の瀬』以外だと『出会い系』という怪異系の話も気に入ってます。

その時はじめて、彼女がとても冷たい目をしていることに気がついた。

出会い系アプリで出会ったの”彼女”の興味はボラだけに向いており、当のボラは彼女の姿を一目見るや否やおびえて暴れだしてる。
ボラにとって彼女はそれだけ危険を脅かす存在で、主人公はその怪異めいた存在を自分の意思で部屋に入れてしまった。

自分が何か大きな過ちを犯したことを、彼女が水槽の前に立った瞬間に気付くんですよね。
自分の愛するボラに害を為すものが、自分のせいで、ここにいる。
その取り返しのつかなさが、とても哀れで気に入ってます。


やっぱりこの人はラストの一文で物語を締めるのが上手いなと思います。
プラス、添えられている写真のセンスも良くて好き!