著:黒木あるじ『怪談怖気帳 地獄の庭』というホラー掌編集を読みまして。
著者が怪談イベント等で参加者から聞いたとされる話が48編収録されており、読了にかかった時間は1時間40分。
1話だいたい3分〜5分で読めるのにしっかり怖く、かつ性癖に刺さる話もあってと大満足の1冊だったので、特に印象に残った5話について感想を書いておきます。
「ま〜〜〜じで怖いやんけ!」と鳥肌が立った話が1つ
「う〜ん、これは性癖に刺さりますね」と唸った話が1つ
「ええやん、ええやん、こういうので!」と嬉しくなった話が3つという感じ。
手をたのむ
「だって、あの電話さ……長い絶叫がだんだん小さくなっていったんだよ。あのとき、まっさかさまに落下している途中だったんじゃないかな。たぶん、あいつ」
とっくに飛び降りて死んでるんだよ。その話をしてくれた四年後に伯父は亡くなりました。自死でした。
こ〜〜〜わっ……。
姪が伯父から聞いた話とされるこの『手をたのむ』が、個人的に一番、鳥肌が立つほど怖かったです。
伯父の働いていた工場の同僚の左手首が機械に巻き込まれて切断されて、同僚からその切断された手を頼まれるという話ではあるんだけど、怖い要素が5つくらい重なっている。
・退職した同僚が3年後に電話で「「たのんだよおおおおおおおおおおおっ」異様に長い叫び声をあげながら、電話がぷつりと切れて」というコンタクトを取ってくる
・直後に機械の中から<白いグローブのようなかたまり>が「切断したばかりとしか思えないほど、みずみずしい状態」で見つかる
・伯父は先程の電話は、「長い絶叫がだんだん小さくなっていったんだよ。あのとき、まっさかさまに落下している途中だったんじゃないかな」と投身自殺中の同僚がかけてきたものだと悟る
・伯父はその4年後に自死する
・姪は「伯父の死体も左手と同様、いつまでも腐らないような気がして。火葬場でお骨を見ているのに、いまも生前と変わらない姿で墓の下にいる、そんな想像をしてしまうんですよ」と話を結ぶ。
一番怖いのはやっぱり、取った電話が投身自殺の真っ最中にかかってきたものというシチュエーション。しかもそれは心からの悪意ではない、というのがまたね。
伯父は同僚の事故時にはタオルを押しあて止血し続け、電話がかかってきた後も「さっきの電話はそういう意味か。あいつ「俺の手が見つかるからな。頼んだぞ」と伝えてくれたのか」と恐怖よりも伝えてくれたと声の主に寄り添ってくれるくらいに人格者として描写されていた。
だから同僚は伯父に恨みなんて向けてなく、逆に頼むのに一番相応しいからこそ彼を頼ったんだと思う。
でも伯父は死んだ。これがきっかけとなって、4年後に自ら。
姪の個人的解釈とはいえ、語り部が「いまも生前と変わらない姿で墓の下にいる」と言っている以上、実際はそうなんでしょう。
明確な悪意や意志の介入が感じられないのに最悪の現状に至り、そしてそれがそのまま続いていくというお先真っ暗闇な閉塞感が刺さりました。
本当に誰が悪いという訳でもないんですよ。
同僚も伯父も「何かしら」に巻き込まれてああなり、その何かは悪意も意志もないただの「現象」っぽいところが怖いんです。
月と人魂
「父さんの田舎では”人魂を見ると残りの寿命が短い”という言い伝えがあるんだよ」
それだけ口にすると、父は再び私の手を引いて家まで戻りました。
これはね〜〜〜、父親×娘萌え性癖に刺さりました!
『月と人魂』は「人魂なんて馬鹿げたものを信じてはいけないよ」と常日頃言っていた父親が、ある夜に娘を連れ出して見せた光を「人魂だよ」と言い、その直後に亡くなる話。
怖いというよりは切なくて綺麗めな話で、もっと言えばどことなく父から娘への近親相姦的な気配を勝手に感じ取ってめちゃくちゃ興奮していました。
もちろん性的などうこうがあったと言いたいわけじゃなくて、父から娘へ内心抱いていたであろう距離の近さに憐れみがあって、愛おしさがあるんです。
娘から見た父は中卒ゆえのコンプレックスを抱え、「この話は、大卒の連中でも知らないんだぞ」と言いながら、新聞とテレビの聞きかじりや無根拠な自説を話す「すこし面倒くさい」人。
でも父にとって娘はそんな自分の話を聞いてくれるただ一人の大切な人間だったから、人魂が見えた夜に彼女を連れて家を出たと思うんですよ。
行きは「娘の手を取ると」、帰りは「私の手を引いて」という表現が出てきて、つまりどちらも父から手を繋いでいる。
そこに親から子へ流れる愛情と、自分の死期を悟った夜に過ごす相手として娘を選んだ男の弱さと寂しさ、その両方が感じ取れて胸が苦しくなります。
彼が自分の妻ではなく娘を連れて行ったのは、彼女だけが彼の話を聞いてくれたからで……。
この話を締める最後の文章も私はすごく気に入ってて。
形の崩れた青白い光と、父の寂しげな横顔が瞼の裏に浮かぶんです。わたしもいつか死ぬときは、あの人魂を見るのだろうか、そんなことを、ふと考えてしまいます
娘の方も「父の寂しげな横顔」と、その弱々しさを感じ取っていたところにグッときます。
おたんじょう
だってあんたの話だと、オレァ胎内くぐったんだべ。山から産まれてしまったんだべ。
誕生したら、あとは死ぬばっかりだもの。
もっぺん山サ入ったらどうなるか―なんとなく判るんだ。だから、もう行かねェんだ。
山の出産(?)に巻き込まれ、胎内めぐりをしてしまった男の話。
この話は東北なまりの語り口と最後の文章、そして「胎内めぐり」と母胎に絡んだ話なのが気に入ってる。
「だから、もう行かねェんだ。」から感じる、方言からくるでろう笑いを含んだ諦めに惹かれるというか。
胎内めぐりをさせられたのが50代男性なのもいいよね~、って思った時に気付いたんですけど、そういえばこの小説内に性的暴行やそれらを基とした話って一切出てこない。
48編のうち一つもないんだから意図的に排除されているんだろうし、それがこの小説を気持ちよく読み切れた理由の一つかもしれません。
第八防空壕
着信音、床の奥から聞こえているんです。
携帯電話がコンクリのなかに埋まっているとしか思えないんです。
地元の郷土史会で「第八防空壕」なるものを調べに赴いた中年男性3人の話。
語り部の男以外、男にとって大先輩の博識な60代2人は「第八防空壕」の違和感に早々に勘づき、かつその推測を男に説明しないという善意による意味深さが仄暗くて、同時に心地よく感じられて好き。
初老に近い男性2人が、後輩の中年男性をせめて真相から遠ざけて庇おうとした姿に萌えているのかも(こんな話で!?)
3人が身に付けていた所持品、携帯電話に腕時計にスニーカーの紐が忽然と姿を消して、そしてそれは床下のコンクリのなかに埋まっている。
それを「警告」と評す先輩2人の場馴れっぷりと、同時にその警告を受けて場を去るしかないひ弱さが所詮は素人集団どまりという無力さを印象付ける。
「私が口を噤んだ直後、待っていたかのように着信音も止まりまして。さらさらという雨の音だけがあたりに響いていたのを、いまでも憶えています。」という情景が目に浮かぶような一文もいい!
何だかんだでこの防空壕、警告止まりにしてくれるので恩情がある方なのかも。
地獄の庭
だって。教えてくれるはずの父が、昨年の暮れに死んでしまったので。
<じごく>のまんなかで、縮こまるように膝を抱えた姿で。
表題作でもある『地獄の庭』は、庭の片隅にある六十センチ四方の空間を<じごく>と呼ぶ一家の住人が、そこで膝を抱えた姿で次々に死んでいくという話。
数年前に八十歳になる祖母が、その翌年には自分の父が。
父から「家を継ぐ時に教えてやる」と言われていた<じごく>の真相は、彼の死によって途切れ、語り部である40代女性の主人公が知ることはもうない。
でもこの先、この家の当主は<じごく>で死ぬことはもうほぼ決まっていて。
自分が異常に死ぬであろう場所を日々目にしながら暮らす、ということがどんな気持ちなのかを想像します。
それに耐えてきた、受け入れてきた歴代当主達の恐怖にも。
でも一番ぞっとするのは、歴代の当主達が伝えてきた真相が自分の前の代で途切れ、自分は何も知ることのないまま、それでも歴代当主達と同じように、もしくはそれ以上悲惨な形で死ななければならないということ。それだけは分かるということ。
表題作になるのも納得の凄惨で禍々しい話で大満足です!
