復元可能な灰壺

個人的な感想文ブログ

全国民の思い出ミスドがここにある! 大阪『ミスド・ダスキンミュージアム』レポ

大阪府吹田市にある『ミスド・ダスキンミュージアム』へ行ってきたのでそのレポ兼感想。

ここは大阪府吹田市に本社を構える株式会社ダスキンが運営しており、ダスキン本体の清掃知識が2階、ダスキンが運営しているミスタードーナツの歴史が1階で学べるというお得な学習施設。

玄関のデザインからも分かる通り、この2つのミュージアムが取り扱う展示内容はぱっきりと分かれており、そこがユニークで面白かったな。

 

一応ミスドの方は子供向け、ダスキンの方は中学生~大人向けという雰囲気だけど、でもどっちの階も大人と子ども、両方が楽しめるはず。

というか1階の「わたしのミスタードーナツショップ」コーナーは大人の方が見ていて楽しいんじゃないかと思うぐらい。

今までに開店した全てのミスドショップが貼り出されているから!

私がこのミュージアムに来たのもこの全店舗一覧が見たいがためでした。

壁から天井にかけてびっしりと貼り出された2000枚以上の店舗カードは圧巻の一言。

写真はショップナンバー(開店した順)で並んでおり、右の壁にある電子端末でそれを地域から検索できる。

自分が初めて行った店舗やよく行っていたところ、思い出のあの店が第何号店だったのかを知ることが出来るんですよね。

例えば名古屋通勤の私がたまに行く名古屋の金山ショップは、ナンバー0056。

1973年開店で、今も朝の5時から深夜24時までやっているという凄腕店舗なのでした。

でも本当に思い入れのある店舗はネット上には載せられないよね。

住所特定に繋がるレベルで近所にあったお店だから。

 

他にも「ミスタードーナツ ヒストリー」コーナーでは年代別のオリジナルグッズが飾られていて、ここでも多くの大人が「懐かし~~~!持ってた!」と小声で叫んで足を止めていました。

↑昔はラジオウオッチなんてものまで景品だったんだなあ。

 

私個人の世代としてはポン・デ・ライオンと仲間たちの全盛期で、そっちのグッズの懐かしさと欲しさに喉から手が出そうでした。

受付に飾られていた羊毛フェルトリースなんか見ているだけで涙出てくる完成度。

めっっちゃくちゃ欲しい!

ポン・デ・ライオン、フレンチウーラー、チョコリングマ、ハニーシッポ、マフィンガメ、エンゼルダゾウ、D-ピピコ、ウシシシココナツ、エリマキファッション、チョコダッチョ、ゴールデンチョッキリン、チュロリーナ・トナカイーナ。

公式サイトに載っている12匹のキャラクターが全部いるの!

ただ並べるだけでなく、D-ピピコをバラけて配置しているところもセンスとそれ以上の愛を感じます。

まあただこの感じだと、きっと誰かがハンドメイドで作った唯一無二の作品のはず。

このままここでずっと来訪者を迎え入れてあげて欲しいものです。

 

ただここに来て初めて知ったポン・デ・ライオンの情報もありまして。

例えば入口すぐのキャラクター像に添えられていたポン・デ・ライオンの解説文が私にとってはすごく意外でした。

生まれてからずっとポン・デ・リングしか食べたことがない!

おなかがすいたらたてがみを外して食べ、食べたあとはしっぽがぷーっとふくらんで、新しいポン・デ・リングが出来上がり、またたてがみになるんです!!

怖……。

自分の肉体だけを食べ続けて生きている命なんてちょっと猟奇的では?

もう少し色々なものを食べた方がいいんじゃないかな。

 

 

それはさておき、2階に上がるとダスキン掃除部門のフロア。

なんか急に学習資料館の雰囲気に!

1階にあった文字数を全て足しても最初の古代の章に届かないんじゃないかってくらい、文字情報の量が跳ね上がってビビったね。

とにかく文字、文字、実物、図解、文字で、ダスキンという日本企業の生真面目さが強く出ている。

ほうきの部位や姿形の違いのみならず、編み方や材料の産地まで羅列する勢いに笑っちゃったよ。

1階のファンシーでデザイン主体の雰囲気から変わりすぎて。

 

でも私はこういう社会科資料集や国語便覧みたいな展示方法が大好きなので興味深く読ませてもらいました。

周りも立ち止まって真剣に読んでいる大人が数人いたので、こういうのは社会人になって勉学から遠ざかった人たちの方が新鮮に触れられるものなんだろうな。

個人的には、古代においての掃除は宗教の儀式のためのものだったという「子日目利箒」あたりの展示が面白かったです。

【子日目利箒(ねのひのめとぎのほうき)】

正倉院の子日目利箒は現存する日本最古の箒です。
キク科のコウヤボウキを束ね、根元を紫色の皮で包み、金糸を巻き付けて把手とし、穂先にガラス玉をつけてあります。
天平3年、正月3日の初子の日、天皇が鍬を取り、皇后が箒で掃いて蚕神を祀る儀式に用いられた箒です。
農耕と養蚕は国家の基本です。これは正月の新しい霊魂を掃き集める行事です。

日本最古の箒って奈良の正倉院にしまわれていたくらい貴重なものとして扱われていることに驚きまして。

そして正倉院の宝物は歴史的に天皇の所有物として扱われており、管理しているのも国ではなくて宮内庁なのも浅学ながら初耳。

宮内庁が運営している正倉院のWEBサイトで子日目利箒は「用途 : 儀式具」になっているところに痺れる。

天平3年ってことは西暦731年、2025年現在からしたら1267年前。

1267年前の天皇が用いた儀式具なんて、そりゃ皇室は取っておくよなあ。

 

この宗教的意味合いが古代から中世に進み、天皇から寺院、そして庶民まで降りてくる過程も面白かったです。

<中世>【掃除は修行】

中世の掃除の中心は仏教寺院です。
掃除は単なる清掃から精神性の強いものとなり、思想的に深化し、仏教寺院では掃除が重要な修行になりました。

掃除を悟りを開く手段、人間修行の方法とする思想はインドで起こりました。
古い仏典に、頭が悪くお教も覚えられないという男がお釈迦様から渡された箒で一心に掃除をしてついに悟りを開いたという話があります。
釈尊はまた掃除の五功徳として、自己の心垢を除き、また他人の垢を除き、驕慢を除去し、心を調伏し、功徳を増し、善処に生きるを得る、と説いてます。

この思想が中国に入り、唐末の禅林では掃除が修行として定着していました。
これが中国に渡った最澄、道元らによって日本にもたらされ、最澄の天台宗、道元の曹洞宗、さらにはほかの宗派でも掃除が修行の重要な位置を占めるようになったのです。

↑す~ごい教科書っぽいでしょ?

家が割としっかりめに仏教系の宗教を信仰しているのでこういう功徳みたいな話が面白いんだよな。

 

添えられていた「寒山拾得」の絵も味わい深い。

【寒山拾得と箒】

既成の仏教界からはみだした中国唐代の隠者、寒山と拾得です。

掃除は地獄における懲罰とされていたほど卑賤な仕事とされていた時代に、あえて箒を持たせて描くことで、彼らの超俗の姿勢と禅の境地をあらわしています。

言ってしまえばたかだか身の回りを綺麗にするというだけの行為が高貴にも卑賤にもなる。

それが常識として定着していくまでの過程が暮らしの歴史を辿っているようで興味深かったです。

 

展示の後半からはちゃんとダスキンの話(社の歴史とか使われてきた道具の展示)をしてたよ!

この紺色のモップとか家にあって使っていたので懐かしい。

そして再三繰り返してくるのが「掃除はこまめにしろ」ということ。

ホコリ:食品クズ、人の皮膚や髪の毛、綿ボコリ、砂ボコリ
アレルゲン物質:ダニのフンや死がい、カビ、花粉

→フワフワと空気中を浮遊中

→家具や床にゆっくり落ちて積り中

→空気中の水分や油分を吸ってベタつき、こびりつきのある「汚れ」に

→やがて「しみに」住まいや家具の劣化につながることも。たくさんのおそうじ道具や洗剤が必要

肝に命じます、はい……。