復元可能な灰壺

個人的な感想文ブログ

全てがバッドEDの18禁男性向けSMノベル『僕は天使じゃないよ』感想

男性向けエロゲブランド:130cmが2005年に出した『僕は天使じゃないよ』という18禁ゲームをプレイしました。

プレイ時間は約3時間でED数は13。

全13EDのうち、この先幸せになるようなグッドEDは一つもなく、大抵どちらかが死ぬか心中するか四肢切断状態になるかのどれか。

ただそこまで悲惨でむごたらしい描写はなく、最初から最後までどこか上品な作品という印象を受けました。


その品の良さは、簡素な文体で進行する物語自体のテンポの良さと、何より原画:さっぽろももこの絵から出ていると思う。

主要キャラクターは5人なんだけど、その全員、全衣装分の立ち絵が最高に良いんですよ。


孤児院のシスター、百合乃

主人公に仕える女中、小梅

見世物小屋の目玉嬢、柘榴

数多くの愛人を従える美女、翠子

殺人欲で動く悪魔っ娘、ローザ

マジで全員めちゃくちゃ可愛い!

こういう黒の主線と黒の影でぱきっと立つ美少女に弱すぎる。

さっぽろももこと言えば音楽家としての名前の方が有名だと思うけど(『さよならを教えて』とか)イラストレーターとしての腕も一級品だったのかと感嘆するばかり。


システムもフローチャート機能搭載で快適の一言です。

タイトル画面からでもゲームプレイ画面からでもいつでも飛べるのがありがたいし、新しいED分岐が開放されたら点滅で教えてくれるのも親切。

20年近く経った今のプレイ時でも不便さは一切感じず、ユーザーフレンドリーの良さが強く印象に残りました。

以下は各キャラのルートごと感想。

ネタバレかつ、18禁要素を含むので閲覧注意です。

 

 

 

 

 

 

 

 

百合乃ルート

本編中では年上男性からの被虐を望む、エロゲのシスターらしいキャラだなと思っていたんですが、「終章」で明かされた出自を聞いて色々納得するものがありました。

どうして…わたしだけが生きているのですか?

いつも一生懸命、お祈りをしていた、お父さんもお母さんも…死んでしまいました

ロザリオを忘れたり、お祈りをさぼったわたしが…どうして残ったのですか?

震災(おそらく関東大震災)で一人生き残った自責の念がずっと彼女を苛み続けていたこと。

彼女がその運命を受け止めて答えを出すためにはまだまだ時間が必要だったのに、今この時、身体が若くて精神が未成熟の時に男への依存を求めて、それが叶えられてしまった。

傍から見れば「もうちょっと年を食えば分かるよ」ってなだめたくなることでも、今の彼女の中では全てが一杯一杯で、全てが苦しくて。

年を重ねれば苦笑いで済ませられるような若さゆえの性急さが、死に直結してしまう無情さを想います。

彼女のEDだと焼死自害ED『炎の檻』が一番好き。

百合乃は神様のところにいくのです。

悪い百合乃はこうして燃えて生贄になるしか、神様のところへはいけません。

いけるといいね、神様のもとへ。

 

 

 柘榴ルート

柘榴ルートは内容もさることながら、一枚絵の彩色がとにかく素晴らしい!

まずは彼女がいつもの座敷のいつもの定位置に座っているシーン。

光と影の使い方が上手過ぎる!

ここの影の描き方と、右の顔半分にかかる艶やかで暖かなライティングがめちゃくちゃ好き。

彼女の一枚絵は行灯のような橙色の光が全体にかかっていることが多くて、それが『氷の涯』EDで主人公に「菩薩」とまで言わしめた彼女の慈愛、その眼差しを照らしている。


立ち絵では黒くぱきっとしていた主線も、一枚絵になると周囲の色を色トレスすることで穏やかな雰囲気を演出しているのも上手い。

それがよく分かるのが、うずくまる主人公を膝に抱くシーン。

着物の縁や手肌の線は茶色で柔らかく、でもうなじや毛先の後れ毛は黒く繊細に。

立ち絵と一枚絵、両方の絵柄の美点をいいとこ取りした一枚で素晴らしいです。

 

懐古SMノベルと銘打たれた今作のSM部分、その約8割を担う彼女の「痛み」への解釈が私は好きだなと思います。

けれど…わたしはあなたの思っているよりもずっと肉に近い女です。
殺されるほどの激しい責めを、私の肉が期待しているのです。

わたしは…ただのマゾヒストなのです。


わたしの身体は、常に死を望みます。
それが最高の快楽だと知っていますから。


彼女が自身のMとしての本質を理解したのは、自分の背にそれはそれは見事な刺青を彫られた時だったんですよね。

初めてわたしを買った男は年老いた刺青師でした。
死期を悟ったその男は、わたしの背に最後の作品を残したのです。

この龍を背に刻まれたとき、その激痛にわたしは生まれて初めて……快感を覚えたのです。

わたしにとってもこの苦痛は、生きていることの証となりつつありました。

男の刃が背を切り突くたび、わたしの虚ろな肌はわななき、生命を得たのです。

彼女にとってマゾヒストの性質って、根本的には生まれ持った業みたいなものだと思うんですよね。

苦痛から逃れて快楽を得るために動くのが人間としての本能なのに、マゾヒストはその逆を行ってしまう。

見世物としてひどい暴力を受ける状況でも彼女が全く反抗しないのは、諦めではなく納得してるから。

自身の肉に隷属する精神。

その歪みを受け入れ、割り切ったスタンスを私は好ましく思います。

 

 

翠子ルート

性に奔放で策略家の実業家お姉さん、みたいなキャラなんだけど、攻略対象の中で言ったら私は彼女が一番好き。

CV:涼森ちさとによるお姉さんボイスの演技が良すぎるんですよね。


彼女が自分の人生の存在意義を15歳の夜に見出し、本編でそれを完遂しているところも好印象でした。

わたしの人生は一幕の復讐劇だった。

どんなときも青白い炎が胸の奥に燃えさかっていた。

母を辱め、殺した菊池家の者への怨念の火炎は、彼ら全てを焼き尽くすまで、わたしの幸福を芯にして燃え続けるのだ。

わたしの幸福を芯にして燃え続ける」←めちゃめちゃいい言葉じゃないですか?

母親を虐待し、首吊り自殺に見せかけて殺した実家を根絶やしにすると誓って、実際にそれをやり遂げた彼女の姿は格好いいです。


ローザの事も可愛がってるし、ローザルートで主人公が代わりに差し出した小梅のことを「あの子は貴方が思っている以上に価値がある子だから」と言ってくれた事から見るに、小梅の出自も理解した上で優しくしてくれそうだし。

主人公よりもずっと周りが見えていて、アドバイスをくれるところも頼りがいのあるお姉さんという感じがします。


ローザとの決別シーンも、彼女がローザを撃てたのは、自分が母親から深い愛を受けて育った自覚があったからなんですよね。

お腹の中にいる自分の子に「あんたしか要らない」と語りかける言葉が、どれだけローザにとって残酷に響くのかを、翠子は分かっているはずです。

シガーレットキスまでするくらい相棒だった女の子を、自分の子のためなら切り捨てられる。

そこに彼女の強さと、母親としての因業を見ます。

……いや、シガーレットキスのCGは単に主人公のイメージ上のものだから実際にやってる訳では無いんだけど、でも絶対にやってるでしょ!

年上エロ系お姉さんと金髪ロリのシガーレットキスが見えるのは『僕は天使じゃないよ』だけ!(言い過ぎ)

 

 

ローザルート

殺人欲を持つ悪魔っ子ロリS嬢というキャラは好きだけど、いかんせん何で主人公を好きになったのか理由がよく分からないんですよね。

翠子ルートで翠子のことをあれだけ慕い、主人公をあれだけ忌み嫌っていたのに、それを覆すだけの何かが2人の間にあったとは思えない。

どう考えても主人公より翠子に付いていった方が幸せだろうし……。


ただ、ローザの寝顔を見ながら感傷に浸る主人公の独白はかなり好きです。

手を伸ばして、髪を指ですくってみて、初めてそれが黄金でないことに気づく。

丸くなった背を撫でると、羽根がない。

天使じゃないことに気づく。

この場面が『僕は天使じゃないよ』というタイトル回収なの、か、なあ……?

主人公が彼女に食い殺されるEDの名は「天使の餌食」だし、百合乃ルートでも「天使じゃない」という文章が出てきた記憶はないし。

ただプレイヤーなら誰もローザのことを天使だとは思わないはずだし、割と謎が残るタイトルだよね。

『僕は天使じゃないよ』という響きだけで100点満点だから別にいいんだけども!

 

 

 小梅終章

女中として主人公に仕え続けてきた小梅の秘密が、彼女の手記として明かされる「小梅終章」。

正直、この手記を読んだか読んでないかで、このゲームに対するプレイヤーの評価も大きく変わると思う。

それぐらいに出来が良いし、心に響くんですよ。彼女の言葉は。

あの方のお心をお護りしたかったのです。
そのためにならわたくしは、何でも出来るつもりで御座いました。

ただお傍らにお仕え出来れば、わたくしは幸福でありました。


あの方はわたくしの大切な、大切な、

お兄様で御座いましたから―

薄々「何かしらの血縁関係があるんだろうな~」と勘付いてはいたんですが、こうもしっかりと、劇中の誰よりも大人びた言葉遣いで綴られる真実は衝撃的でした。


この手記自体は主人公が30歳を超えて衰弱死し、その死後20年が経過したというていで書かれているので、小梅ちゃん自身ももう中年に近い年齢のはず。

なので文体がしっかりしているのも当たり前なんだけど、当時から主人公の行動を全て把握していた訳だし、やっぱりずっと彼女は賢かったと思うよ。

舌足らずのロリっ娘ボイスで喋るメイドの胸中は想像より遥かにまともで理知的だったこと、その事実にまず驚愕しました。


で、次いで感じたのは「兄だから」というだけでああも無惨な仕打ちを耐えられる家族愛という力、その強さへの畏怖です。

だって主人公はマジでロクなことを彼女にしていないんですよ。

平気で彼女の身体を他人に売る上、錯乱下では彼女の存在を認めようともしない。

それでも「兄だから」と慕う彼女の言い分を、プレイヤーも「兄だから、血が繋がっているから」という理由だけで納得してしまえる。

それって本当に、本当に怖いことじゃないんですか……?

 

けれども…こうして光の中におりますと、今までありましたすべての事柄が、夢まぼろしのようでございます。

よろこびもかなしみもすべては光に溶けて消えてゆくようです。

す~~~ごい綺麗に締めるね……。

いや~~~もう、ここの言葉はすごい!

今まで辿ってきた全ての運命と全ての感情が一気に浄化、肯定されて言葉を失うくらいでした。

正直、この文章に辿り着く前は、主人公があまりに無能の腰抜けだったので感想書くか迷うぐらいだったんだけど、そういった負の感情が一瞬で消え失せて、後には光だけが残って、その綺麗な空白には動揺するレベル。

すべては夢まぼろしで、光に溶けて消えてゆく、消えてゆくんだよね。


ここまで急激な感情の昇華はこのゲームをプレイしたプレイヤーにしか体験出来ないものなので、是非一人でも多くのエロゲゲーマーに今作をプレイして欲しいところです。

3時間でフルコンプ出来るボリュームの中で、刻まれるものが多すぎるんだよな……。