それでいいんです。決めないほうが。終わりのない方がね 吉田篤弘「つむじ風食堂の夜」&映画感想

つむじ風食堂の夜 (ちくま文庫) つむじ風食堂の夜 [DVD]

吉田篤弘つむじ風食堂の夜」を読み、その勢いで実写映画化まで観た。
まず原作の方は、文句無しにお気に入り度5。
読み終わった後、「あぁ、これまたいい本に出会えたなあ」とぽわぽわが止まらなかった。
ちょっとふしぎなアイテムに囲まれたごく平凡な日常、その風景の中に、少しの哲学要素を入れ込んだ雰囲気がとても良い。
私が好きな、吉田篤弘らしい小説だと思った。
電球の光を甘やかに反射し、月のように輝いてごろんと転がるオレンジ。
空中一回転書房より発行された、300万円の「唐辛子千夜一夜奇譚」等
小道具だけでも、たまらない程の魅力があるのに、月舟町に住んでいるキャラクター達がこれまたいい味を出してくる。
人柄だけで言うなら、果物屋の若店主と、古本屋を営む「デ・ニーロの親方」がお気に入りだが、一番グッときたのは、あの彼だ。
喫茶店タブラの2代目マスターである、タブラJr。
彼と手品師の息子である主人公。2人の息子が同時に「夢なら覚めるな。覚めるな。もう少し」と願ったところの、幸福感は何なのだろう。
愛しいんだ、主人公の人柄も、月舟町全てのキャラクターの人柄が愛しい。
 
文章だけで、一つの素敵な町を脳内イメージ出来るところが面白くてしょうがなかった。
吉田篤弘の文章力が、それを可能にしているといえど。
つむじ風食堂の内装は、クリーム色の壁面で、ワンホールに机と椅子が無造作に並んでて。
果物屋の若店主は、ちょっと小綺麗な文系学生風。黒髪を適度に伸ばして、言葉遣いもハキハキしてて……みたいな。
ここまで明確にイメージ出来るのだから、その答え合わせがしたい。
そう思って実写映画の方を手に取った。
 

  

原作の映像化、という点で見たら83点ぐらいにはなる良作だった。
……原作小説を読んでいない人にしてみたらどうなんだろう。5点ぐらいじゃない?
哲学問答は実写で観ると「何言っとるんだ、こいつら」としか思えず、月船さらら演じる奈々津さんは神経過敏なヒステリック女。
果物屋店主は吃りまくりの毛むくじゃら男だし、「優しく心地のよい物語」と謳えど、映像はどこか世にも奇妙な物語風。
17分の減点要素はそこだ。
原作小説はシームレスに流れる時や場所に、泰然とした安心感があったが、実写版は今にも破綻していきそうでハラハラする。
つむじ風食堂内の薄暗さが、妙に怖い。世にも奇妙な感じ。
演者も八嶋智人生瀬勝久田中要次とフジテレビ系のドラマやバラエティーでよく見る人達だし。
古本屋店主の「あるよ」は原作からしてフジテレビドラマ「HERO」を意識していたとは思うけども。
 
ただ美術と照明+音楽、挟まれた2つのオリジナル要素はとても良かった。
そこが83点分だ。原作の魅力を損なわず、より昇華した形で映像化してくれている。
まず「お、最高だな」と思ったのは序盤、つむじ風食堂の窓外にコペンハーゲンが映しだされたところ。
夜の海際を歩く、黒シルエットの男。
なんともクラフト・エヴィング商會を想起させる映像ではないか。
シックに揃えた、ワインレッドの椅子とネイビーのテーブルクロスも上品でありつつ、ふしぎな感じ。
正直、ここのワンシーンだけで80点あげられるよ、私は。

オール北海道ロケだという、「月舟アパート」もファンタジックな洋風で好み。
個人的にはもっと、よじ登るような急階段だと嬉しかったが、まあそこまで用意するのは難しいよね。

章ごとに本の中の物語だ、と強調するように映される絵本。
それをめくる手は、主人公の父親を示唆する白手袋というのもたまらなかった。
本作は、統括すれば「父親の跡を引き継ぐ、息子達の物語」だったと言い換えてもいいのかもしれない。
少なくとも、それがかなり大きな要素だったことは確実だ。
息子の物語を進める父親の手というものに、グッときてしょうがない。
 
「どう見てもクラフト・エヴィング商會が担当したでしょ!!」と一発で分かる「唐辛子千夜一夜奇譚」が出てきたくれた所も嬉しかったり。
本当に一発で分かるね、あのフォントとマークの配置バランスで。
 
映像と音楽の新たなカタチを創造する映像企画「シネムジカ」第7弾ということもあり、音楽は文句無しに想像通りの出来だった。
弦楽器やマンバリン、ピアノやクラリネットを駆使した深く柔らかいサウンド。
原作を読んでる時に、BGMで流してほしいくらい気に入っている。
「つむじ風食堂の夜」オリジナル・サウンドトラック

「つむじ風食堂の夜」オリジナル・サウンドトラック

 

エンディングテーマであるスネオヘアーエスプレ」は、そんなに好みではないものの、以下のワンフレーズだけはすごく好きだ。

エスプレ

エスプレ

待てない 時間の中でずっと 終わらない 一日があってもいいのに