誰一人として戻れない旅路を フリーゲーム 小麦畑「デンシャ」感想

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(公式サイト:「デンシャ」

サークル:小麦畑 作のフリーゲームデンシャ」をプレイした。
初回プレイ時間は1時間、2周目は30分程度の短編謎解きADV。
感想をネタバレなしで言えと言われれば、たった一言「凄かった」と言うしかない。
とある劇団へのオマージュ作品だということで、そういったアングラ感全開のオープニング。
ただしストーリーは、どこにだってありそうで、どこにもない、たった一人の「人生」を扱った物語。
演出、雰囲気、プレイ性。
どれを取っても素晴らしかった、としか言い様がない。
 
<ストーリー>
田舎の祖母宅へ向かう電車内で、10歳の少年は夢を見る。
それはデンシャの中の物語。
9の車両を巡り、10番目の車両を目指す物語。

1周目が終わった時は「あ、あ…なんかすごいモノやった…」という呆然としたプレイ後感なのだが、
2周目をやると、散りばめられたグラフィックの伏線に愕然とする。
「あ、これ。ああいう意味で…ん?ってことはこれも……あっ、あああーーーーー!!!」みたいな。
もうネタバレ感想が書きたくて書きたくてしょうがない。ので書く。
ネタバレ無しのレビュー的なものだと、購読させてもらっているブログに記事があったのでこちらをどうぞ。

以下、ネタバレ注意!!
 

 

 
 

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結論を言えば、このゲームは「今から遠いところへ逝こうとする祖母の、人生を追体験する」物語だ。
プレイ画面下に現れる車両番号は、その時の祖母の年齢で、映しだされる光景は、当時の出来事を表している。
私が2周目で何より驚いたのが、上記の「何番でもない」車両の数字の意味だ。
無作為に並んでいるようで、しばらく眺めていると、一瞬だけ数字が途切れる箇所がある。
「1935」と「2007」の間。
もうここで「うわーーーっ!!やられた!!!」と叫んだ。
1周目では無意味な数字の羅列だと思っていたのに!!見えていたのに、分からなかった!!
大慌てでプレート番号と歴史年号を見比べてみたら、これがまあ合う合う。
 
「1935」年と「2007」年の、72年間。
1935年を生誕年として、祖母の人生の年表を作るとしたら、ざっとこうだろう。
 
1935年 0歳 誕生 
電車の運転席:車掌「ここは終わりのはじまり たいして何もないところ なんで何も見えないかって?何もないからだよ
1938年 3歳 父に連れられ異国の地へ(?)
1939年 4歳 母を三日熱ソマリアで亡くす。:4のプレートをひっくり返すと「カ=
1941年 6歳 真珠湾攻撃、開戦。:虎が3匹出てくる=「トラ・トラ・トラ!
1944年 9歳 戦時中:サイレンの音と父の出兵
1945年 10歳 終戦:「セカイがおわってしまった」発言と、入るには2つの鍵がいることからよほどの禁忌だったと思われる
1947年 12歳 レストランでお食事:学制改革
1950年 15歳 工場勤め 
1953年 18歳 上京(?):白黒テレビ放送開始
1956年 21歳 レストランで夫と出会う
1960年 25歳 結婚
1964年 29歳 娘出産:東京オリンピック
1972年 37歳 夫を(おそらく千日デパート)火災で亡くす:「何もかもが忘れられてゆきます
1986年 51歳 食品工場のライン勤め
1987年 52歳 娘の結婚:真珠のネックレスに複雑な想いあり
1997年 62歳 孫出産:「そしておまえが」「はじまった
2006年 71歳 アイコトバ/愛コトバI コトバ/会いコトバ入力:サヨナラ
2007年 72歳 没
 
こうしてみると、人が70年弱生きるってそれだけで壮観だよなあ…。
もちろん彼女が戦後を生き抜いた女性というのもあるが、
ちなみにこの年表の平成版と言えるのが、ザ・ガーベージ・コレクション作

ウェブ・ブラウザの履歴にみる晴山定男の精神史(2001-2010)」というブラウザ作品だ。

検索履歴が描き出す、個人のイベント、個人の生き様。
こちらの作品も数分で読めるボリュームながら、めちゃくちゃ面白いしインパクトもドデカイのでおすすめ。
 
「謎解きADV」と謳う通り、謎解き部分もこれまた度肝を抜くレベルのクオリティだった。
祖母の人生を巡る一環として、主人公は車両番号のプレートを操作することが出来る。
「6」のプレートを回転させたら「9」になり、その車両は6歳の光景から9歳の光景に変わる。
ここのトリック、すんごい上手い、本当に上手い!!
例えば、「37」歳の車両には、終盤にならないと行けない。
「51歳」や「62」歳のイベントを先に進めないと辿りつけないのだ。
それぐらい、彼女にとって夫を火災で失う出来事は深く重かった。
何十年先と時間が流れてから、振り返らなければ辿りつけないように。
プレイヤーの謎解き操作に、人生の不条理すら絡めてくるところが凄い。凄まじいよ。
それに加え「37」と「18」のプレートをひっくり返しても、何も起こらない点も唸った。
「73」歳と「81」歳の光景は、彼女の人生にはないものだから。
だって彼女は、没年72歳なのだから。
 
時折覗かせる言葉遊びのクオリティも高かった。
デンシャは「電車/田舎/伝写
合言葉は「アイコトバ/愛コトバ/ I コトバ/会いコトバ
曖昧は「I my
そしてラストの仮装場=火葬場。ここの映像演出による迫力もすごかったなあ。
人が燃やされて、灰になるという鬼気迫る雰囲気がとてもよく出ていた。
72歳の彼女は、最後に火の柩へと吸い込まれていく。
火葬場のようにも、電車の動力源にも見える装置の中へ、「サヨナラ」と言い残して。
エンディング兼クレジットは、祖母の人生がそのまま10歳の少年のものへと置き換わる…という演出にもやられた。
祖母の人生を写してきた10の車両は、そのままこれまでの少年の人生を写す。
いくら操作しようが、後戻りは決して出来ない。
10年分の人生をかけぬけた先で、少年は目を覚まし、同時に電車は終点へ着く…。
……最高すぎだろ、このED!!
祖母の人生がこうして過ぎ去った以上、主人公の人生だってこうやって過ぎていくのだ。
生きとし生きる者、全ては誰一人として戻れない旅路を、今も行っているのだと思わせてくれる秀逸なラストだった。
 
 
 
全然関係ないが祖母が死んでいくという描写で、小川洋子原稿零枚日記」の一節を思い出したり。
あの時母はもう準備を進めていたのだ。
少しずつ声だけをまずあちらの世界へ送り届ける準備を。
なのに私はそんな重大な事態に気づきもせず、ただ沈黙をどうやってやり過ごそうかとそればかりに囚われていた。
その上更に、母との最後の会話も忘れてしまった。
きっと、最後の時があったはずだ。
その時は母、さあいよいよこれを手放したら後にはもう何も残らない、
という最後の一声を私に発し、それが娘の掌に落ちて消えてゆくのを見送ったに違いない。
私は掌を見た。そこは空っぽで、すっかり乾ききっていた。
原稿零枚日記 (集英社文庫)

原稿零枚日記 (集英社文庫)

 

ゲーム内の祖母も、「サヨナラ」以外何も言わなかった。ありがとうも、何も。
この死に関するドライさが、私はとても好きだと思う。