霙の音の名曲っぷりよ 中島みゆき「組曲 (suit)」全曲感想

 

組曲(Suite)

個人的お気に入り度 4.5 / 5


中島みゆき41枚目のアルバム「組曲 (suite)」を聞いた。
2014年に発売された「問題集」と比べると、いささか訴求力に欠ける印象を受けたが
それでも中島みゆきの歌声だけでお気に入り度4以上は当たり前である。
郡を抜いた名曲が収録されているという雰囲気ではなく、
タイトル通り10曲でワンセットの組曲として機能しているアルバムだと思う。
今作の個人的ベストトラックである「霙の音」がアレンジ、歌詞、メロディーともに
文学系女子の好みドストライクをついてきたので、+0.5 という評価に落ち着いた。
歌詞に物語性を求める方にはぜひとも聞いて欲しい一曲。

 

1.36時間

36時間

36時間


イントロのピアノソロからもう涙がにじむぐらい優しすぎて、「あぁ、中島みゆきの新曲を聞いているんだな」と気分になる。

歌声もどこに文句をつけるところがあるだろう。
囁くような柔らかな声音の中に、揺るぎのない歌唱力を感じさせる。
ゆっくりゆっくり」の2単語をここまで味のある仕上がりに出来る歌手なんて、そうはいない。
内容は「1日は36時間と忘れていました 子供の頃には知っていたのに」が表すように
もっと1日を長く生きよう、ゆっくりゆっくり生きようという穏やかなものだ。
出来ることが まだ間にあう し残したことが まだ間にあう
休み休み 呼吸は深くなってゆけるだろう
の暖かさと雄大さに心を預けたくなる。
メロディーに起伏はないが、バイオリン・チェロ・ビオラのアレンジのおかげで聞きごたえのある一曲。
そもそも聞きごたえなんて、中島みゆきの歌声だけで十分と言えるのだけど。

 


2.愛と云わないラヴレター

愛と云わないラヴレター

愛と云わないラヴレター

 

手紙を題材にした楽曲だからなのか、メロディーにもどこか「起承転結」のような流れを感じた。
メロディー自体はコンパクトに収まっているのだが、やはり承から転へうつる時に
中島みゆきの持つシンガーとしての実力が存分に発揮されている。
1番で言うなら「あの人だけ読みとれる言葉」から「散りばめて 心当たりにそっと」へ
うつるところだ。
勢いをつけて駆けあがるような主旋律ながらも上品さは損なわず、
最後は「白日のもとに文を書く」と、しっとりと締めている。
歌詞に関しては出だしの「愛という言葉を一度も使わずに あの人だけわかる文を書く
という一文だけで素晴らしいの一言に尽きる。

 


3. ライカ M 4

ライカM4

ライカM4

 

ライカとはドイツの「ライカ」という光学器機メーカーが製造したカメラのことを指すらしい。
wikipedia参照だが、「ライカM4」は1967~75年にかけて生産された、今でいうヴィンテージカメラのことだ。
今、50~60代の方達にとっては、きっと昭和時代の面影を強く感じさせるモノの一つなのだろう。
この曲も間奏のソロにバリトンサックスとエレキギターを用いた、昔懐かしい感じのものになっている。
歌詞の内容に関しては、どこかラブソングのような印象を受けた。
こいつが撮るのはレンズの手前 カメラマンの涙だけ」なんてねぇ?
誰から誰への恋というものではなくて、時代への郷愁や子供時代への追憶、仕事道具への愛情その他諸々をひっくるめて、仄かな暖かみを感じさせる一曲。
個人的にそういう優しさは、結構好き。

 


4. 氷中花

氷中花

氷中花

 

…高低差ありすぎて耳キーンってなるわ!!(by フットボールアワー後藤)
Aメロは優しく人生の傷を歌い上げるバラードかと思った。
境界線の重なりが痛い街でうずくまる」のフレーズに流石だなあと思ったりしていたら
Bメロで「夏だったよね」と、いきなり咽び泣くような歌唱に変わる。
この地点で「おぉ…うらみ・ます のような怨念渦巻く失恋曲かな?」と思ったら
サビのド迫力な「もう泣かない もう呼ばない 後悔の資格もない」である。
テンションの行き場に戸惑うわ、こんなの!!
おろおろ狼狽えている間にも中島みゆきの勇ましい声は響き続け、
厳かさすら感じるストリングスが主を担う間奏は流れ出す。
唐突な展開ながらもリスナーを置いてきぼりにすることは許さず、強制的にでもこちらのテンションを引っ張り上げる力強さ。
すごい、中島みゆきは本当にすごい。
こんな音楽体験は滅多に出来るものではないだろう、あの力強さは何なんだ一体。

3種類の中島みゆきの歌唱法が楽しめる、おすすめパック的な一曲にすら思えてきたこの「氷中花」
個人的には上記の他に「灼熱も情熱も 君の無い夏ならば 氷の中咲いている」等
フレーズのセンスもかなり好きな部類だったのだが、いかんせん聞いてる最中はそんな余裕がない。マジで。



5. 霙の音

霙の音

霙の音

 

素晴らしい。
ちょっとこれはもう好きすぎて上手く言語化出来ない。私の中では間違いなく今作のベストトラックだ。
自然がもたらす静謐さの中で、愚かな人間が犯す過ち。
その痛みがひたひたと押し寄せてくるような歌声とアレンジがすごすぎる。
声が4曲目の氷柱花で見せた3種類の歌い方とはまた違う、抑揚が抑えられた歌い方にで
彼女が持っている悔恨の深さにどこまでも沈み込んでいってしまいそうになるのだ。
それでいて「ねぇ 霙って音がするのね 雪より寒い夜の音」なんて美しい言葉を歌うものだからもう本当…
この一曲だけで短編映画一本作れるぐらい、密度が濃い曲だと思う。
主人公は「あなた」以外に横恋慕した人物がいたが、結局は「あなた」しか愛してはいなくて。
「あなた」は私以外の誰かを窓の外に、静かに隠している。
想いが報われるとか報われないとか、そういう次元を越えて表現される美しさに打ちのめされた。
本気で好きと心を決めてから あなたとよく似た声のせいだと気づいたの
 謝れないわ 残酷すぎて
と彼女は言う。その残酷さが痛くて、静かで、この上なく綺麗なものに思えた。



6.空がある限り

空がある限り

空がある限り

 

前曲の真夜中感とは打って変わり、清々しい力強さのフォークロック。
アゼルバイジャン」は東ヨーロッパにあるアゼルバイジャン共和国のことで
女満別」は北海道網走郡大空町にある区画のことだろう。
どっちも初耳の地名なのでwikiで調べてみたところ、
女満別は北海道内の地方管理空港である女満別空港の所在地らしい。
そう見ると、このアルバムのテーマである「空港」にぴったり合う地名のように思う。
アゼルバイジャンもぱっと検索してみると、今第2のドバイと呼ばれているほど
経済的に大成長している国家だ。
ただ1988~1994年にかけて「ナゴルノ・カラバフ戦争」という領土紛争が起きている。
歌詞内の「銃で砕かれた建物や 鉄条網が視界を塞いでも」はこのことを表している…のだろうか。
まあそんなことは置いておいて。
パワフルにただそこにある街の姿を歌い上げるところが、とても中島みゆきらしい。
まぶたの裏に、夕日のオレンジ色を浮かばせるストリングスアレンジも流石。
あなたにたどり着かないのは まだ寂しさが足りないのでしょう」というフレーズが文学的で好きだし
どちらの寂しさも変わらない 共にいないのならば」と続けるところにぐっと来る。
「霙の音」の淋しさとはまるで違う寂しさ。
単語で言えば同じひとくくりにされる感情を、こうも違った色合いで見せてくれる所に
アーティストとしての確かな力量を感じさせてくれる。


7. もういちど雨が

もういちど雨が

もういちど雨が

 

アコースティックギターがメインのフォークソング
メロディー自体にどこか不自然さを感じてしまって(Bメロからサビへ移るところとか)
あまり好きではないのだが、歌詞と歌声で相殺できるレベル。
途中で入ってくるエレキギターもじんわりとした温かみが感じられていい。
この街の雨はひそやかな音で降るね 今もまだ馴染めなくて聞き逃しそうになる」の
詩的感覚が見事だ。余所者が感じる孤独感が、大げさではないがしっかり伝わってくる。
遠い日に旅に出て 今もまだ旅に居て
 帰るに足りるだけの理由を探している」という箇所はかの名曲「時代」
「旅を続ける人々は いつか故郷に出会う日を」に通づる所があるなあなんて思ったり。

 

8. Why & No 

Why & No

Why & No

 

反骨精神という面から見ても、正真正銘のロックだと感じた。
何気にこういったマイナー調の曲はアルバムでしか聞けないような気がする。
というかシングル発売とアルバム発売のスピードが完全に逆転しているのだから
必然的にそうなるか。
社会人が必然的に身につけていく自己保身なんか、捨てちゃってもいいじゃんと歌う
「ファイト!」や「Nowbody Is Right」へんの、中島みゆきらしさが強く出ている。
心の鱗」という単語選びに、ファイト!の2番を思い浮かべたのは私だけではないはず。
曲全体としては格好いい、その一言。
ダッダッダーンというドラムのリズムに、ドスの聞いた声。サビで入ってくるピアノの音も硬く
勇ましさを感じさせる。
フレーズで言えば「間に合わせの納得で黙り込まないで」が好み。
口に出せなかった疑問を心の中に仕舞い込んでしまう、
そんな仕草が的確に表現されている。

 

 

9. 休石

休石

休石

 

黄昏時にどこからか流れてきそうなゆったり系バラード。
そこまでピンと来なかったが、中島みゆきの歌唱だけでも聞く価値はある気がする。

 

10. LADY JANE

LADY JANE

LADY JANE

 

どこかの洒落たバーで流すのにぴったりな、ジャズナンバー。
1985年に公開されたイギリス映画「レディ・ジェーン/愛と運命のふたり」が元ネタなのだろうか
昔の映画より」「明日の芝居のポスターがなぜか古びている」らへんに関係がありそうな気はするが。
ラストトラックに相応しい華やかさを持った曲だが、そこまで個人的には訴求力を感じなかった。
ただこの後にファーストトラック「36時間」のピアノイントロが流れ出すと、その優しさに泣きたくなるほど感動する。



というわけで中島みゆきの41枚目アルバム「組曲(suit)」だった、
まあ、中島みゆきの歌唱だけで普通に涙が滲むので感想も何もあったもんじゃない。
私にとって中島みゆきのアルバムはほぼ名盤だ。まず声で泣く。

ちなみに、どうやら完全生産限定版のアナログレコード盤が2015年12月9日発売だそうで。
私は予約していないのだが、デザインの違うブックレットなどは見てみたいなあと思う。
しかしこのアナログレコード盤商法、B'z「EPIC DAY」などでも用いられていたが採算は取れるものなのだろうか。少し気になる。