正義や現実など今更 鬼束ちひろ「インソムニア」感想

 

インソムニア

 

個人的お気に入り度 5 / 5

 

新企画「鬼束ちひろのアルバム感想全部書くぞ週間」~~!!
先週あたりに言っていた企画なのだが、いっそのこと今日からやってしまおうと思う。
途中で別の記事を書きたくなった場合は変更するが
原則、鬼束ちひろの1stアルバムから6thアルバム「剣と楓」までの感想を6日間かけて書いていきたい。

7thアルバム「TRICKY SISTERS MAGIC BURGER」については考え中。

(※ 2015/11/15 追記  ごめんなさい。書きたい記事を優先させるので、
2ndアルバムから先については気長にお待ちください)

という訳で

134万枚の売り上げを誇る、2001年に発売された鬼束ちひろのファーストアルバム。
月光に始まり、月光に終わるアルバムである。
11曲と比較的少ない収録数ながらも、1曲の密度が濃いので
聞き終わった際には確かな満足感を得ることが出来るアルバムだと思う。
14年前に発表された一枚なのだが
ピアノ&弦楽器を主体としたアレンジのため古臭さを感じることはほとんどない。
今聞いても、誰かの心になにがしかの形で残るであろう神盤。

 

 

1.月光

名曲にして神曲
ピアノのイントロからもう最高の一言。
歌声も濁りもなく、透き通って本当に心地いい声をしている。
サビのアレンジに用いられているタンバリンが、瞬くく星みたいな軽やかさだなあといつも思う。
インパクトからか「I am GOD'S CHILD この腐敗した世界」というフレーズが目立ちがちだが
この曲が本当に伝えたいのはどう見ても「How do I live on such a field?
ラストで呟くように落とされるこのフレーズが、アレンジもあいまって
「浄化」というキーワードを連想させる。
スピリチュアル界では浄化=月光浴というのは常識のことらしい。
そう考えると
ここに声もないのに 一体何を信じれば?」「貴方なら救い出して 私を 静寂から
等そしてタイトルの「月光」にも合点がいくような気がする。
彼女は静寂を恐れており、月の光に音はない。
だからこの歌の締めは「こんな場所でどうやって生きていけばいいの?」なんだろう。


2.イノセンス

イントロから刻まれる、強めのバスドラム
心拍音めいた音が支配するAメロBメロを抜けた先のサビで、いきなりロックになるアレンジは
この曲が持つ「躁鬱」の印象を決定づける。
そりゃあここまで繊細で不安定だったら生きづらいだろうなあ、「僕」
君の暴言は 綺麗すぎて背中が凍る」と独白したその口で
足りないなら そう言って 与えるからそう言ってよ 
 僕が理解してあげる 君の指先から全て」なんて叫びだす人間の不可解さ。
アウトロもハイトーンな「タリナイナラ アタエルカラ」というコーラスは不気味だし
なにより唐突に音がフェードアウトする幕切れは不穏すぎる。
破滅する直前の瞬間、その危うさを綺麗に描き出した傑作だと思う。


3.BACK DOOR (album version)

前2曲とは対照的に、自己肯定感と救いのようなあたたかさを感じるスローナンバー。
Where is the back door?」でゴスペルのようなコーラスが被さってくる安心感。
鬼束ちひろの曲で他人のコーラスが入ってくるのは珍しいような。
窓を割った行った彼女はきっと、孤独ではないのだと感じさせてくれる。
ある意味で月光と対になるような歌詞だなと思っている。
両足につけた鉛の重さにさえ 慣れてしまっている」らへんとか
月光の「倒れそうになるのを この鎖が許さない」に通づるところがあるような。
そしてこの曲で一番聞くべきところは「自分を救ってやれれば」だろう。
彼女も分かっているのだ、自己肯定してしまえば楽に生きていけることを。
理解した上で彼女はまだ感情の揺らぎについて歌ってくれている。
ありがたいことだ。


4.edge

前曲と似たアレンジではあるがハイハットとタンバリンの金属音が加わることで、
少し違うテイストになっている。
が優しめで美しいアレンジなものの、歌詞は恋愛依存系アクセル全開である。
貴方なしじゃ 全て終われば いいのに」で終わるんだから間違いない。
ただ「何もかもが重いのは 私がまだ幻みたいにここに生きてるから
とあるように、一人で立つ痛みと強さなんかを感じさせるところはいい。


5.We can go

実はこの曲、鬼束ちひろの中でもかなり好きな曲だ。
爽やかな曲調のカントリーロックでありながら、
誰かの唇が動く度 この肌は色を変えて行く」のフレーズにやられた。
人種差別やら何やらの難しい問題を言い出すつもりはないが
絶対的な自由を歌った歌詞だと思う。
私たちは行ける、私たちが許される場所へ。」の
涙がにじむほどの強さは何なのだろう。
しかも前述した弱さを示すフレーズを
肌が熱いのを覚えておくから」と否定しない姿勢もしなやかで強靭で、格好いい。


6.call

静謐さのない隠しきれない狂気を孕んだ一曲。
コンゴがいくら温かくても、歌声がいくら優しくても
だっていつの日か 私の姿が見当たらなくて 貴方が狂ってくれると思えるはずない
の哀しさに太刀打ちできない。
ねぇ 何か言って」を彼女はこれからも呼び続けるのだろうか、
と思わせるようなフェードアウトが雰囲気をさらに引き立てている。


7.シャイン(album version)

教育施設内でのいじめや疎外感を激しく歌うこの曲。
凄みや迫力という点で見ればアルバム随一ではないだろうか。
犠牲など慣れているわ 抵抗などできなかった
その通りだと言うしかない。
慟哭めいた鬼束ちひろの歌声が、どうしようもなく涙を誘う。
教室という長方形のハコの中に、確かにあった悔しさと諦めと恨み。
学生時代の暗黒面を的確に抉り出してくる鬱曲でもあり
同時に今、席を立てずにいる誰かの救いとなれる曲だと思う。


8.Cage

前曲の黒々とした空気感を一掃する、ハイトーンのピアノ和音。
言っていることは全然明るくないのだが、透明感のあるアレンジが風のようで。
「シャイン」で沈んだ心をぐっと上に引き上げてくれる浄化剤めいた一曲。
神様 貴方がいるなら 私を遠くへ逃がして下さい」
がラストフレーズなのだから救いもなにもあったもんじゃないのだが
美しいのでオールオッケー。美しければそれでいいんだよ。
温かく愛おしい声も 増えてく擦り傷にさえ 敵わなくなって
なんていうフレーズさえあんなに温かみのある声で歌われたら肯くしかない。
ストリングスとピアノが協奏するアウトロも優美の一言。


9.螺旋

非常に美しく芸術性の高い一曲。
大人しいサビに、哀愁のようにアコースティックギターがよく馴染む。
歌声も文句なしに素晴らしいのだが、ピアノのメロディーの秀逸さのほうが記憶に強く刻まれる。
これはもう「考えるな!感じろ!」部類の曲では。


10.眩暈

大正義すぎる神曲
アコースティックギターが持つ独特な弦の軋み。
あの味わい深さだけでもこの曲を聞く価値があると断言出来る。
フレーズで言えば
邪魔なモノはすぐにでも消えてしまうの ガラクタでいさせて
に心を鷲掴みにされたほど好きなのだが
歌唱とアレンジを含めるならやはり間奏の部分が一番の聞きどころだと思う。
パーカッションがラストへの盛り上がりを担っていく中
貴方に聞かせられるような 綺麗な言葉が見当たらない」と歌うあの声。
ラスト手前の解放感には、どうしようもなく涙腺がゆるむ。
いいなあ、本当にいい。


11.月光 (album version)

ピアノと弦楽器と鬼束ちひろの歌声だけの、ごくごくシンプルなアレンジ。
原曲からかなり音が削ぎ落とされているのに、ここまで満足感があるのは素晴らしい。
崇高な気高さを感じさせてくれるのだから、この曲が名曲たる理由が分かる。
ラストサビのコーラス部分は聖歌めいた厳かさまで漂わせる。
アウトロのフェードアウトしていくピアノ旋律も胸をつく切なさ。

 

 

「神盤だった」以外の感想がない。
アルバム構成としては、上手く希望と孤独が交互に歌われていて
聞き疲れしないところがいいなあと思う。
絶望を歌おうがしつこくない言葉選びと音作りを成しえているからこそ
この「インソムニア」はミリオンを突破するほど売れたのだろう。
たぶん今発売されてようが、このアルバムは売れると個人的には思っているし
セールスが振るわなかろうが、誰かの救いとなりえる一枚。